ゼロの焦点 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1971年2月23日発売)
3.60
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本棚登録 : 4104
感想 : 437
5

フォロワーさんのレビューから読んでみたくなりました。

まず『ゼロの焦点』このタイトルが格好いいです。読み終えてから「ゼロ」と「焦点」の意味を考えました。これは犯人となってしまった人物の人知れず抱えてきたものなんだろうなと思うと、苦しかっただろう、怖かっただろうと、心が痛みました。

そして、北国の冬の景色。
暗鬱とした空のした。風が吹きすさぶ崖の上……
『その辺は磐と枯れた草地で、海は遥か下の方で怒濤をならしていた。雲は垂れさがり、灰青色の生みは白い波頭を一めんに立ててうねっていた。陽のあるところだけ、鈍い光が留まっていた。』
時には繊細に、時には大胆に。その描写の美しさには何度も心を持っていかれます。

事件は、終戦直後という時代が引き金となったといっても過言ではありません。生き抜くために生じた傷は一生消えることなく痕を残します。そして運命の悪戯か、ある出会いによって犯人の傷がふたたび開いてしまった……
ヒロインとして行方不明の夫を探す禎子が、犯人を憎みきれず、かぎりない同情を覚えてしまうということが、わたしには自然なことに思えました。なぜなら、そこには犯人と同じ時代を生き抜いた禎子だけでなく、読者にも犯人がそうせざるを得なかった哀しさ、困難な状況、そして消えることのない過去が生涯に渡ってどれほどの影を落とすのか……などが伝わってくるからです。

犯人の語るべき動機、犯行方法、そういうものは全て海の底へと沈んでしまいます。真実は泡となり事件は終わりを告げます。
推理小説としてそれが不満かと言えば、わたしは決してそんなことはありませんでした。この作品のそんなうやむやな部分にこそ、昭和という時代の歪みから生まれた闇が映し出されているのではないかと思えて、作者からもっと大きな主題を与えられたように感じたからです。そしてそのことが、いつまでもわたしの中の何かを疼かせ続けるのです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学:著者ま行
感想投稿日 : 2020年4月12日
読了日 : 2020年4月11日
本棚登録日 : 2020年4月11日

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コメント 2件

沙都さんのコメント
2020/04/12

地球っこさん、コメント失礼いたします。

こんなに早く地球っこさんの『ゼロの焦点』のレビューを読めるとは思っていませんでした。拝読して、自分では文章化できなかったことや、言われてみて「ああ、確かに」と思うところも多々あって、もう一度『ゼロの焦点』を読んだような感覚を味わいました。

ブクログって人の視点から本を読めるのが良いなあ、と思っているのですが、それを改めて感じたような気がします。

犯人が抱えたものと、時代の闇。推理小説には時々、きれいな解決という枠組みを超えて、描かれなかった余白にたくさんのものを内包し、読者に問いかけてくるようなものがある気がします。この『ゼロの焦点』もそんな推理小説だったのかな、と今回思いました。

それでは、失礼いたしました。

地球っこさんのコメント
2020/04/13

とし長さん、おはようございます。
タイトルに一目惚れだったので(しつこい!)さっそく『ゼロの焦点』読んでみました。
まず読んでよかったぁ、そう思いました。
確かに昭和が舞台って、一昔前で古くさいと感じますよね。
でも、この昭和の匂いというか、それこそ闇?ってものに惹かれちゃうんですよね、わたし。
今の時代のように、SNSとかそれこそ携帯電話とかもなかったから、出来事や感情や何やかんやがリアルタイムで伝わってくることがない分、あやふやなまま葬られた真実とかがあるようで。
今回この作品を読んで、やっぱり好きだなあ、この時代(の闇)となりました。

とし長さんの丁寧で読みごたえのあるレビュー、ファンなんですよ!
わたしは思ったことの半分も書けない語彙力、文章力のなさにトホホ……です。
でも、そんな時に感じるのが「人の視点から読めるブクログの良さ」ですね。
とし長さんのおっしゃるとおりです。
本当にそう思います。

また長々と語ってしまいましたね。
すみません。失礼しました☆

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