大好きな作家のひとりである福永武彦です。この作品はちょうど一年前くらいに読みました。彼の作品の中でも、かなり地味なもののひとつですが、そんなに読む人もいないんじゃないか、と思って選んでみました。福永武彦は、池澤夏樹の父親でもある人ですね。
福永武彦は、音楽をモチーフにした作品をいくつか書いていますが、この作品は、マーラーの「大地の歌」の終楽章をモチーフにしたものです。語り手「私」が友人・上條慎吾の告別式に出るシーンで始まり、「彼」(上條慎吾)の回想と「私」のシーンとを交互に重ねていきます。
福永武彦は、執拗なまでに、孤独と愛と死について書き続けた作家でした。結構複雑な構成をしている作品が多いのですが、この作品は、シンプルな構造になっていて、その分、作者の提示するものが純粋な形で表れています。数々の出来事を境に、徐々に徐々に死んでいく上條と、その上條を共感的に見つめる「私」の感情を、ほの暗い情感にあふれた文章で描いています。マーラーの曲の歌詞にあるように、「生は暗く、死もまた暗い」と。
本文から引用します。
「彼は苦しげに腹をさすり、呻き声を洩らし、そして奥さんを起こそうかどうしようかと考え、遂にはやはり起こさないでおこうと決心して、彼自身の孤独な思考の中へと戻っていくだろう。そして彼が考えることは、それ、——現に私が考えつつあるところのそれ、我々が生きていることへの恐れ、或いは生きていなくなることへの恐れ、それであるに違いないと私は考えていた。」
ちなみに、村上春樹が福永武彦に影響を受けたということはなさそうですが、扱っているテーマは、かなり近い気もします。
- 感想投稿日 : 2012年9月21日
- 本棚登録日 : 2012年9月21日
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