思考を哲学する

著者 :
  • ミネルヴァ書房 (2022年4月25日発売)
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現代人の思考を考察し、スキル化された思考を批判する書籍である。スキル化された思考はロジカルシンキングやフレームワーク、PDCAサイクルなどビジネスシーンで使われている思考法である。本書は、これらスキル化された思考法を画一化し、より深いレベルの思考が奪われると否定的に捉える。

それが突き進むと人々は奴隷状態になると指摘する。その比喩が生々しい。「思考することすら忘れた恐ろしく従順な群衆は、何の疑問をも抱かずに、実に易々と国家の言う通りに自らの体内に最新の薬物を注入しさえするでしょう」(「まえがき」iv)。

個人の尊厳を破壊して洗脳して支配する最も悪質な方法は薬物である。「違法風俗や管理売春をさせる犯罪者は、女性に覚醒剤を強要して判断力を鈍らせて逃げないようにさせることが多い」(「「生娘をシャブ漬け戦略」で大炎上! なぜ吉野家の役員は“暴言”を吐いたのか」ITmedia ビジネスオンライン2022年4月19日)。本書が「薬物を注入」と書いた点には薬物に対する健全な拒否感がある。

ちょうど2022年に吉野家の常務取締役企画本部長がビジネスパーソン向けの早稲田大学の講座で女性向けのマーケティング施策を「生娘をシャブ漬け戦略」と発言して炎上した。自社の商品をリピートして欲しいということは健全な商品戦略である。売ったら売りっぱなしの悪徳業者よりもはるかに真面目である。それをシャブ漬けと表現してしまう点に吉野家役員の思考の空虚さがある。ビジネス用語を並べるだけで本当の思考をしない弊害になる。

とはいえ管見はスキル化された思考に一定の評価をしたい。著者はスキル化された思考よりも上のレベルからスキル化された思考に甘んじることの不満を述べている。それはそれで正しいが、現実はスキル化された思考以前の状態がある。ひたすら頑張ることを強要する昭和の精神論根性論がある。集団のボスの意見を忖度し、内輪の論理に右へ倣えする昭和の村社会がある。スキル化された思考の導入は、この種の昭和の精神状態からの脱却であり、進歩になる。

この点で本書が「二〇〇〇年代に入ってからの日本の低迷」とスキル化された思考の普及を重なるものと見て批判する点が気になる。昭和の高度経済成長は輝いていたという先祖帰りになりかねないためである。画一性の強要はダイバーシティの21世紀よりも昭和の方がはるかに問題である。昭和時代ならば「生娘をシャブ漬け戦略」発言は大きく批判されなかっただろう。むしろシャブ漬け批判は昭和の感覚のままアップデートしていない体質に向けられる。

本書は「あえて当たり前だと思っていた物差しを外してしまうこと」を主張する(5頁)。これはDigital Transformationで言われていることである。スキル化された思考の側にも価値はある。新しいビジネスを考える場合は、往々にして昭和の当たり前を疑うことから始める。

事業者の都合で消費者に我慢や負担を強いることを当たり前と思っていないか。新規参入業者を排除し、業界横並びで栄えることを当たり前と思っていないか。この種の当たり前を壊せるならばスキル化された思考にも価値がある。逆に昭和の村社会をコミュニケーションという言葉で置き換えて先祖帰りを正当化することに使うならばスキル化された思考は有害である。

結局のところ、スキル化された思考は道具である。どう使うかが問題である。スキル化された思考が目的化するならば有害である。スキル化された方法論を使ってディスカッションしてプレゼンテーションして何か大きな仕事をしたような気持になっているならば馬鹿らしい。本書のコンサルへの嫌悪感も、その点にあるだろう。しかし、これは会議ばかりの昭和の働き方を表層的なスキル化された思考で糊塗してしているだけだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ
感想投稿日 : 2022年5月28日
読了日 : 2022年5月28日
本棚登録日 : 2022年5月28日

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