数ある戦国マンガの中でも、指折りの名作。作者独特のアクの強さで、主人公の古田左介(後の古田織部)をはじめ、織田信長、千利休、そして羽柴秀吉といった面々が、これでもかとばかりに濃く描かれています。
本作が絶妙なのは、古田織部を主人公に持ってきたところ。タイトルの『へうげもの』とは「ひょうげもの」と読み、ひょうげた=ふざけたヤツという意味である。このポップなキャラが、武(織田信長側)と数奇(千利休側)のどっちつかずの状態でいることで、どちらの世界をも描くことができています。
そして、従来の戦国モノでは小道具的な位置づけを出なかった茶道具を初めとする「名物」をマンガの大きな軸の一つとして持ち込んだことも斬新です。比喩的に言うなら、戦国マンガに「開運!お宝なんでも鑑定団」を持ち込んだようなものです。
「のぺぇっ」や「どぺえっ」など、著者独特の擬音語で表される名物の良さは、もちろんギャグとしても読めるのですが、それ以上に感覚的な説得手法として優れています。各種グルメ漫画などのように蘊蓄を説明されても、情報ばかりが増えるだけで、読み手は半可通にしかなれません。が、本作の名物の描き方は、読んでいる内に作者がその名物に対してどういう風に感じ、どこが良いと思ったかが”何となく”伝わるのです。
本作を読むようになってから、茶碗や茶道具を見たときに、何となく「いい・悪い」や自分の好みがわかるようになりました(ちなみに私は利休の好きな茶器が好みのようです)。こういう「その道の目利き感覚」みたいなものを伝えるって、実はなかなかできないのことなんですが、この点はもっと注目されていいと思っています。
本作を読んだ時、第一話目からぶっ飛びました。松永久秀爆死のところからスタートって! ギャグも織り交ぜつつ古田左介の"ひょうげた"キャラクターがよくわかります。名物・古天明平蜘蛛に目を奪われ、松永久秀が己が人生を滔々と語るのも耳に入らず、「聞けぇ!貴様あっ!!」と一喝されるシーンは、何度読んでも爆笑してしまいます。と思いきや、平蜘蛛に火薬を詰めて爆死するという大スペクタクルに。爆笑・唖然・圧倒、ととにかく読み手の感情は揺さぶられっぱなしです。
ですがこれ、ネタバレ(?)になりますが(歴史的事実にネタバレって何やねん!w 以前NHK大河ドラマ「龍馬伝」で龍馬暗殺の話をしたら「ネタバレさせないで!」と怒った福山雅治ファンがいたそうですが、学校で勉強してたんか…と)、松永久秀が古田左介に「圧倒的な力を持つ者が現れた時、わしの道(自分の信念を譲らない)を選ぶか、あきらめる道を選ぶか」という選択を投げかけます。実は古田織部は、徳川家康の御代において、家康の質実剛健(アンチ数奇)な世作りに反発し、最後切腹させられています。第一回からもう最終回のネタ振りがされているわけで、唸らされまくりの第一話だけで名作決定と言って過言ではありません。
ともすれば戦国時代のことをギャグっぽく描いているだけのように読めるかも知れませんが、作者は茶器のこと以外も恐ろしいまでに調べて描いています。その一例が、安土城下の夜景で、楽市楽座によって物資が安土城下に集まるようになり、人々が安価に油(灯油)を手に入られれるようになったことで、安土城下の夜景というのが生まれたわけです。そういう意味では日本で初めて夜景を見たのは信長だったと言えなくもないわけです。
また、普通はそういう調べた事って絶対語りたくなるんですが、本作ではそういう蘊蓄語りが一切なされません。もの凄いエピソードを惜しげも無くさらっと流しちゃうわけです。だから、本気で読んだら情報量が凄くてなかなか読み進められない作品なんです、これは!
でも、それをサラッと流しちゃうのも、先ほど述べた「蘊蓄ではなく感覚・感性を伝える」とつながるのかも知れません。戦国時代の細かいエピソードを知識としていくら蓄えたとしても、あの時代を生きた人々の気持ちを理解することはできないのではないか? そんな作者のメッセージがあるようにすら思えてきます。
そういう意味では、本作はかなりのデフォルメがあり、歴史的事実に忠実というわけではありません。が、不思議と「信長って、こんな風に『うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』と甲高い声で笑ってたんだろうなぁ」と思わされるような、そんなリアリティを感じさせてくれます。いつか島本和彦さんが「事実ではなく"真実"を描く、そんな歴史漫画を描きたい」ということをインタビューの中で仰っていたのですが、まさにそれが本作なんだと思います。
本作を抜きにして戦国マンガ、もっと言えば戦国時代を語るべからず! それくらいの名作です!!
- 感想投稿日 : 2012年12月29日
- 読了日 : 2012年12月29日
- 本棚登録日 : 2012年12月29日
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