花のない花屋

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2017年5月19日発売)
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「世界の果てに花を生ける」という番組をみて、花は、宇宙にも、北海道の雪の中でも、水の中にも、氷の中にも活けていいのだと知って、花に対する既成概念に囚われすぎていることが気がついた。
花は、どんなところにも凛とした美しさを誇る。大地につながった生命が切り離されても、美しく、そして気高い。その色彩は、人間が感じる色彩を超えて、鮮やかに宇宙に微笑む。その瞬間における美が、なんとも言えないほどの輝きを見せる。私は生から死へ至るその瞬間美に魅せられた。
極限の花の魅力を引き出したのが、東信である。
『花のない花屋』という題名にも興味を持った。花の在庫を持たず、注文があった分だけ、花を仕入れる。花を持たない。トヨタのカンバン方式みたいな仕組みだ。
花屋とは何か?花をなぜ贈るのか?花をなぜ飾るのか?
不要不急という表現の中で、花屋は弾き飛ばされる。しかし、それでは生活に潤いがない。
本書を読み、掲載されているフラワーアレンジを見た。100人の人が、こういう理由で花を贈りたいという『100人、100花束の物語』だ。著者東信の花は、個性的だ。ドギツイ。なんとなく、破壊力がある。もらった人は、驚くと思うと最初は、思った。20近い作品を見て、飽きてきた。花の形が、同じなのだ。花は蕾の段階で活けられているが、花がひらくスペースがない。今が一番で、将来が想定されていない。未来へのイマジネーションが足りないのだ。
まるで、満員の山手線の電車のおしくらまんじゅうのようにいけられている。花も空気不足のような喘ぎさえ見える。東信は、なぜ自分の評価を下げるような本を出したのかと、全てを読み終わって、疲れがどっと出た。また、贈りたい人の望んでいる花束と全く違った花束を作って、東信は満足しているようだ。花屋が自分で自己満足する花屋になったら、先はない。
100人が贈りたい花を贈る物語はステキだ。人が生まれて、死にゆくまで、花は人生に寄り添う。誕生祝い、成長への祝い、卒業祝い、プロポーズ、結婚式、出産の祝い、退職、還暦、など人生の節目に花はある。人生の喜怒哀楽の中に花はある。花は、癒し、慰め、励ます。人生の応援やサポーターでもある。「殺されて生かした命」の生から死へ向かう瞬間ごとの美しさを伝える。その役割を終えて、花は死を閉じる。100人の物語は、離別する、死に向かう、離れ離れへの声援、感謝に満ち溢れている。頭身の花が素晴らしさを伝えきれていないことが、もったいない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 園芸/観葉/花
感想投稿日 : 2021年9月8日
読了日 : 2021年9月8日
本棚登録日 : 2021年9月8日

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