カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社 (2007年7月12日発売)
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感想 : 206
3

膨大なエネルギーに満ち満ちており、読み手にも多大なエネルギー消費を容赦なく要求するドストエフスキー未完の傑作。
作者の死によって絶筆となった、あまりに壮大なこの物語がもし完結していたら、一体どんな結末を迎えたのか、かなり気になります。

ロシア某地方の大地主フョードル・カラマーゾフ。彼には、三人の嫡出子と一人の非嫡出子がいたが、あまりに品性下劣で身勝手な彼は、四人の息子のいずれもまともに養育したことはなかった。
けれど息子たちは長じて後、それぞれの事情から父の周囲で暮らしている。けれどそんな父が誰かに殺され…。

粗野で直情的で、金と女のことで対立関係にある父を憎んでいることを公言してはばからないが、裏表がなく、神の存在を疑うことのなかった長男ドミートリー(愛称ミーチャ)。
理知的だが胸の内を誰にも明かさず、神の存在に否定的で独自の無神論思想を持ち、事件を機に心のバランスを崩す二男イワン(愛称ワーニャ)。
純粋で、修道士になるほど神に心酔していながら、あるきっかけから、神に懐疑的になる三男アレクセイ(愛称アリョーシャ)。
そして、フョードルが物狂いの浮浪女を孕ませて生まれたとされる、周囲から蔑まれている下男のスメルジャコフ。

機能不全どころか最初から最後まで一度も家族として形にならなかった五人の血縁者たちの成れの果てを、その他大勢の登場人物たちと絡ませながら描いています。
家族、神をめぐる解釈(キリスト教的観念)の対立、教会腐敗、金、貧困、女、裁判…と、これでもかというほど、世の中のありとあらゆる要素が詰め込まれていて、圧倒されてしまう。入れ忘れた要素なんてないのでは?ってくらい、要素過多。

正直、その膨大すぎる量と熱に「あてられて」しまって、読みきるのに精一杯という感じでした。登場人物たちがそれぞれに担っていた役割や象徴性、散りばめられていた無数の暗喩を全て明確に理解できたとは言い難い。

けれどおぼろげながらもわかったのは、この物語が持つ構成の意味。
三編づつの四部構成(合計12編)にエピローグがついた構成なのだけど、四部とエピローグはそれまでの前三部とは趣が違う。いや、違うというか、一部から三部で張られた細かな伏線は四部でどれも見事なほどに回収されたのに、四部で張られた伏線はその四部内でもエピローグでも全く回収されていないのです。それどころか、それまで誰からも愛されてやまない筈だった三男アレクセイを取り巻く不穏でどことなく不気味な要素が、うっすらと、けれど確実にばら撒かれており、次はそれを回収するというのを匂わす造りになっています。

通しで読んでみての個人的な感覚では、四部のメイン構成軸は、タイトル風にしたら

●第一部:カラマーゾフ家の概要紹介
●第二部:長男ドミートリーの章(前)
●第三部:父の死 長男ドミートリーの章(後)
●第四部:父殺しの結末 次男イワンと下男スメルジャコフの章(+三男アレクセイのための伏線)
●エピローグ:カラマーゾフ家としての幕引き

という感じなのですが、

これに、

●第五部:「一人になってしまった」三男アレクセイの章 (←※作者死亡のため実在せず)

がつくはずだったというイメージ。
終焉と新しい局面を示唆するエピローグが挟まっているので、第五部というよりは、海外の連続ドラマ風に「2ndシーズン」とか言う方がしっくりくるかもしれないけれど。

なにはともあれ、ドストエフスキーがエピローグを書き上げて80日ほどで亡くなってしまったおかげで生まれなかったアリョーシャの章が気になってしょうがない。アリョーシャ、どうなってしまうん…。一部から四部まで、家族や脇役の間を行き来して狂言回し的な役割を担い、いよいよこれから彼の話になる、という感じだったのに…。

夏目漱石の「明暗」もそうですが、作者死亡による絶筆は本当に惜しまれます。

あまりに膨大なエネルギーと時間が必要なので、あまり気軽に人に勧められませんが、読む価値は確かにある作品でした。

ちなみに、この亀山郁夫訳版の特徴としては、エピローグの後に、亀山氏による、「ドストエフスキーの生涯」と、「解題」と題したものすごい分厚い解説がついています。
これを読むと、「カラマーゾフの兄弟」にかなりドストエフスキーの自伝的要素が含まれていることや、作者が作中に散りばめた暗喩や対称性といった技法がわかります。物語の時間軸表もついてて、文章を追うのが精一杯の身にはたいへん大助かりでした。

長編ロシア文学に尻込みしてしまう人の入門書としては比較的とっつきやすい部類に入ると思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 古典
感想投稿日 : 2019年10月4日
読了日 : 2019年10月4日
本棚登録日 : 2019年10月4日

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