ショパンの演奏会が開催されることになり、多くの人びとの注目が集まるなかで彼の芸術観が反映された演奏を、著者が緻密な文章で描写しています。しかしその後、フランス革命の勃発によってパリの街は混乱の渦に飲み込まれ、ショパンはジェイン・スターリング嬢にみちびかれてイギリスへわたることになります。しかしそこでの生活は、彼の意に染むものではありませんでした。
一方ドラクロワも、フランス革命の混乱のなかでみずからの作品を守る術を考えます。そんななか、親友で銅版画家のフレデリック・ヴィヨが、ルーブル美術館の絵画部門部長に就任したという報せを受け、さまざまな思いが彼の胸を駆けめぐります。ヴィヨの家を訪れたドラクロワは、ヴィヨの妻を相手に「天才」についての思索を語ります。
カントの『判断力批判』における天才論などを参照しながら展開されるドラクロワの議論では、創造能力と判定能力を区別して、前者をさずかった者こそが天才であり、自然はそうした天才を通じて創造を実現するという主張が展開されています。その一方で著者は、ショパンの演奏会の魅力をことばを通して緻密にえがきだすという試みをおこなっています。本作は、19世紀に完成された「小説」のスタイルを模倣する試みだとされていますが、上のような一見矛盾するかのような試みは、「小説」の形式にのっとりつつも、そうした「形式」そのものを内側から問いなおす試みということができるでしょう。そうした意味で、本作はやはり現代小説であるというべきであるように感じました。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
日本の小説・エッセイ
- 感想投稿日 : 2021年2月26日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2021年2月26日
みんなの感想をみる