長年にわたって向田邦子とともにドラマ制作の仕事にたずさわってきた著者による回想記です。
二人の関係は、脚本家と演出家の関係を出るものではなく、著者が知っているのは向田邦子の一面であることを、著者は自認しています。それでいながら、「向田さんについて、私はどんな台を出されようと、書けると思っていた。〈除夜の鐘〉だろうと、〈やきもち〉だろうと、〈選挙〉だろうと、エピソードはいくつも思い出せる」と述べる著者は、ごく些細なこととも思われるエピソードが数多く語ることで、読者が向田邦子という人物のイメージを思いえがくことができるほど、その一面を精彩にえがいています。
こうして本書に収録されている多くの回想が記されるにいたったものの、著者は「ところが、このごろはそれらのシーンに脇役として自分がいると思うと、なんだかとても書き辛くなってきたのである」と語るようになります。その理由を著者は、「あの人を書くということは、当たり前のことだが、自分を書くということであり、あの人のあの時代を書くのは、私の時代を書くことになるわけである」と説明しています。先立つ者についてくり返し回想することにつきまとうこうした悲哀がくっきりと記されたことで、鮮明にえがかれた向田邦子というひとのイメージがふっと霞んでいったような、不思議な印象を受けました。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
日本の小説・エッセイ
- 感想投稿日 : 2023年7月22日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2023年7月22日
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