ふくわらい

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2012年8月7日発売)
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本棚登録 : 3500
感想 : 493
4

顔、身体、心、経験、口から出る言葉、口に出さない言葉。
すべてひっくるめて自分なのだ!
と作品の中で叫び続けている西加奈子さん。

つい数日前に読んだ『きりこについて』の中では、猫と会話するきりこが
冷たい井戸水に触れて「Water!」と言葉を得たヘレン・ケラーのごとく
雷に打たれたような直感と拙い言葉で「まるごとの自分」を叫んでいたけれど、
この『ふくわらい』では、主人公の定の職業が編集者ということもあって
その思いは、整った美しい文脈で、言葉を尽くして語られます。

母の胎内に感情というものをすべて置き忘れてきたような子どもだった定。
そんな定が、初めて福笑いで創り上げた珍妙な顔を見て笑い転げて以来、
彼女にとって顔は、目、鼻、口、眉毛というぺらぺらのパーツの集合体となり、
自由に組み合わせて遊べる、唯一無二のおもちゃになる。

紀行作家だった父にくっついて辺境の地を転々とした少女時代に
ある部族のしきたりに乗っ取って、亡くなった女性の肉を口に含んだことを
父が嬉々として作品に綴ったため、7歳にして奇異な目で見られ始める定。
世間との間に透明で硬い壁ができても一向に気にせず、奇矯な行動を取っても
パーツの組み合わせに恋している彼女が、誰かが言葉を積み上げて文章にする、
そのことに深い興味を抱き、編集者として高い能力を発揮するのがおもしろい。

福笑いでパーツの集合体としての「顔」に拘り続けてきた定が
目の見えない武智次郎に、「見えなくても定さんは美人だ」と断言され、
敬遠していた同僚の小暮しずくが屋上で獣のように泣き叫ぶ傍らに寄り添い、
怖いのにリングに立ち、体があればいいと思いながら、社会と繋がっていたくて
思いを言葉にして綴らずにいられないプロレスラー守口の姿を目の当たりにして、
おにぎりやカルピスと一緒に、消化しきれなかった自分を吐き出すシーンが圧巻です。

関わりを持ったひとたちを興味深く見つめ、自ら関わろうとするにつれ、
定が他人の顔のパーツを自由に操って遊ぶのをがまんし始めるのが微笑ましく、
彼女を慈しみ育ててくれた乳母の頼子が、生まれて初めてできた友だちとして
小暮しずくを連れて現れた定を見て泣きじゃくる場面には涙が止まらず

「顔」に拘り続ける定の顔がどうしても想像できないまま辿り着いたラストシーン。
日曜の新宿通りを、光を浴び、生れたままの姿で、武智次郎と手をつないで歩く定は
まさに今、新しく世界に生まれ落ちたのだと知り
幸せに満ち、生き生きと笑っている顔が最後の最後に鮮やかに浮かび上がって
やっぱり凄いな、西加奈子さん!と唸らせられる1冊でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: な行の作家
感想投稿日 : 2012年12月13日
読了日 : 2012年12月12日
本棚登録日 : 2012年12月13日

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コメント 4件

円軌道の外さんのコメント
2012/12/14


こんばんは!

西さんは初期の
どちらかと言えば
切なくて
アットホーム作品しか知らないので、

まろんさんの
シリアスな感じのストーリー読んで
ちょっとビックリしました(汗)(^_^;)


「きいろいゾウ」が
来年宮崎あおい主演で映画化されるので
そちらも楽しみですよね(^O^)


まろんさんのコメント
2012/12/16

「容れもの」と「こころ」に拘ってきた西さんが、その集大成として
書かずにはいられなかった作品なのかな、と思いました。

でもでも、同じテーマなら、素敵な猫、ラムセス2世の視点で描かれる
『きりこについて』のほうが、私としてはオススメです(*^_^*)

『きいろいゾウ』は、宮崎あおいちゃんもイメージぴったりだし、
ご本人もやりたくてたまらなかった役みたいだし、ほんとに楽しみですね♪

jyunko6822さんのコメント
2013/01/13

遅ればせながら読了いたしました。
この本にはグロい、臭いなどとレビューもあったりしたので、???でしたが、
私も涙が溢れてきました。
レビューに拍手\(^o^)/

まろんさんのコメント
2013/01/13

jyunkoさん☆

たくさんの人が行き交う中、人目も気にせず武智くんと手をつないで
定が晴れやかに新宿通りを歩いていくラストシーン、
涙が止まりませんよね。
jyunkoさんも同じように感じてくださって、とてもうれしいです♪
あとのコメントは、jyunkoさんの素敵なレビューのほうに書かせていただきますね(*'-')フフ♪

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