失われた時を求めて(13)――見出された時I (岩波文庫 (全14巻))

  • 岩波書店 (2018年12月15日発売)
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5

「そう、われわれはディレッタンティスムに憂き身をやつしていた」

「死よりも先に真実に出会った人たちは幸いなるかな!」

"最初は無関係に思われた想い出の縦糸のあいだに歳月の軽快な杼が横糸を織りこんでゆく"。
戦争とともにうつりゆくひとびとの心情や流行。時代の奔流のただなかで、目まぐるしくながれてゆく彼らの生活を眺めていた。新聞(SNS)に踊らされる市民たちはいまもかわらない。戦禍でも催されるヴェルデュラン夫人のサロン。戦争におけるシャルリュス氏の見解と秘めていた狂気。
壮麗な月光がそそぐ夜の路地。異国の兵士たち。暗闇でひかりを纏う男娼館。爆弾のふりそそぐ業火のなか、快楽にふけり、身売りをする善良な兵士たち。夜な夜なダンスパーティーをもよおし、ひとびとはかわらない生活をしんじていた。なんと退廃的な美しさだろうか。日常となった貧窮と恐怖と荒廃のなかで、美しい灯火がまたたいていた。
過ぎ去った歳月や戦争で、「私」のなかの詩人は死んだのではなく、ただ、そのときを待って眠っていたのだとおもう。そうして「私」は少年時代をかいま見ることのできる、記憶の最深部へと旅をする。描いていた理想(夢)と突きつけられた現実とのあわいで、じぶんじしんの能力と折り合いをつけてゆく、そんな人生の真理と憂いが閉ざされた扉をたたく。

幼少期に慣れ親しんだ風景がすこしの悲哀をつれてくるのはなぜだろう。目のまえの風景のなかにあった過去の幻影を眺め、哀しみの残滓がわたしにふれてくるけれど、ときどき吹きぬける歓喜の風を、胸いっぱいにすいこむ。それは、いつかの想いがどこかで閉じ込められた瓶のふたが、開いた瞬間なのかもしれない。まるでアロマオイルみたいに。そう考えると(「私」の思索を読むと)、アロマオイル精製時、幼少期にえる感覚が、さきの人生の豊かさのためにいかに大切なのか、人の感性を形づくるすべてがその幼少期の体験に含まれているようにおもった。その歓び(刺激)によって「私」は生きることに強い意欲をいだくようになったのだから。失われた「時」を見出すことが幸福の湧く源であり、そこにあらたにうまれた美しい想念が満ちてゆく。その源である泉(わたしたちに失われた時を見出させてくれるもの)のひとつを創造するのが、芸術家なのかもしれない。
事物に宿る記憶と当時の想念。わたしの本棚の本たちの背表紙にもたくさんの記憶がやどっているな、と想い出された。「私」が大切な記憶を織りこんだ本を頻繁に眺めたくない気持ちは、わたしがだいすきになった映画や本を(もう二度とといったら大袈裟だけれど)あまりもうみたくないという感覚に、言葉をあたえてもらったようにおもった。映画をこれほどまでに愛する以前から(最近はほとんど観れていないけれど)本に虜になっていた幼少期のことを思い出し、"映画を観るように本を読んでいる"のだとおもっていたけれど実は、"本を読むように映画を観ていた"のかもしれないと気づかされみたい。
「映画的ヴィジョンは真実だけを捉えようとしてなおのこと真実から遠ざかる」とプルーストはいっているけれど、必ずしもそうではないとおもうから。"(こうした)感覚と回想とのある種の関係" は芸術的映像によっても呼び覚まされることも可能だ、なんて生意気にもおもうのでした。当時はそんな映画(映像)はなかっただろうし。
「この不毛な愛好家たちは、コンサートからコンサートへと通いつめて一生を送り、髪の毛がしろくなるころには気むずかしい欲求不満の男となるほかなく、豊かな老後とは無縁の、いわば芸術の独身者になる。」この皮肉は傑作。「実際この愛好家たちは、芸術において真に栄養となるものを消化吸収しないから、言わば過食症に悩まされてつねに芸術的歓喜を必要とし、けっして満足することがない。」ですって。いるいる(わたしだって)。なんて可笑しくってすき。
"ほんとうに存在したものがわれわれに知られぬまま横たわる深淵への回帰"である 芸術(芸術家が取り出してくれた真実) に、日々すくわれている。それがある種、幻想の破棄であるのに、なんだか矛盾しているようだけれど、日々世界が放つ幻惑に、わたしは騙されていたくないのかもしれない。というより、
「肉体にとって健康にいいのは、幸福だけだからである。しかし精神の力を強化してくれるのは、悲嘆である。」 哀しみをこころと身体できちんと知覚してわたしは、強く、優しく、ありたいだけなのかもしれない。



「アルベルチーヌへの恋心には、なんと浩大な海の広がりが含まれていたことだろう!」

「私はひとりひとりの人間を形づくる数知れない低俗な面を覚えていた・・・・」

「人間の価値を評価する能力に欠ける連中ほど、そのランクづけをするのに流行の尺度を採用する」

「嘘がつけず、ドイツに小麦や牛乳がはいるのを妨げている、この非の打ちどころのないイギリスなるものが、なんとなく名誉を重んじる人や名だたる介添人や決闘の審判者のごとき国家に見えるのにたいして、ドストエフスキーのある種の登場人物のように欠陥を備えた破廉恥漢のほうが優れている場合があることも承知していた。」

「そんなふうに戦争にまつわる人間や事物について新聞の報じることによってのみ判断をくだしている世間の人が、自分自身で判断をくだしていると想いこんでいることですな。」

「これら人間の乗る流れ星がわれわれに感じさせた最大の美的印象は、ふだんめったに見上げることのない夜空をじっくり眺めさせた点にあるのかもしれない。」

「わらわれが愛する人たちのなかにはある種の夢が内在していて、わらわれはかならずしもそうと見分けられるわけではないけれど、その夢を追い求めずにはいられない。」

「これまでの人生において、現実があれほど何度も私を失望させたのは、私が現実を知覚したとき、美を享受しうる唯一の器官である私の想像力が、人は不在なものしか想像できないという避けがたい法則ゆえに、現実にたいしては働かなかったからである。」

「このうえなく美しい想念は、まるで一度も耳にしたのとがなくても心にとり憑き、耳を澄まして書きとろうと努める音楽の旋律のようなものである。」

「芸術家はいかなるときも自分の本能の声に耳を傾けるべきで、そうしてこそ芸術はこのうえなく現実的なものとなり、人生のこのうえなく厳格な学校となり、真に最後の審判となるのだ。」

「かくしてどれほど多くの人が、芸術の独身者として、自分の印象からなにひとつとり出さないまま、役にも立たず、満足することもなく、年老いていくことだろう!」

「芸術のおかげでわれわれは、自分の世界というただひとつの世界を見るのではなく、多数の世界を見ることができ、独創的な芸術家が数多く存在すればそれと同じ数だけの世界を自分のものにできる。」

「真の書物は、真昼の光とおしゃべりから生まれるのではなく、暗闇と沈黙から生まれるものでなくてはならない。」

「自分の奥底にこうした神秘的真実がからわれなくなった作家たちは、えてしてある年齢をすぎると、しだいに力を増してきた自分の知性にのみ頼ってものを書くようになる。こうした作家の円熟期の書物は、それゆえ青年期よりも力強いものではあるが、もはや同じようなビロードの光沢を備えていない。」

「そして苦痛こそ人生で出会える最もすばらしいものだと悟ると、人はまるで解放を想うかのように、激しい恐怖を覚えることなく死を想うことができるようになる。」

「平穏な幸福は、世界を水準の低い平坦なものにしてしまう」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年1月30日
読了日 : 2023年1月30日
本棚登録日 : 2023年1月30日

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