歴史とは何か 新版

  • 岩波書店 (2022年5月17日発売)
3.74
  • (15)
  • (18)
  • (22)
  • (1)
  • (2)
本棚登録 : 787
感想 : 37
4

E・H・カーの『歴史とは何か』については清水幾太郎訳(岩波新書)のものがすでに存在する。
なので清水訳と今回の近藤訳を比較していく。

本文の読みやすさについて。
・清水訳が良い

理由は単純で、近藤訳のしばしば入る[笑]という表現が著しく読了感を損ねる点である。
たとえば近藤訳のp.4には以下のような記述がある。
「しかしながら、一九五〇年代の文章ならすべてかならず意味が通ると信じるほどに先端的ではないのです[笑]」

これが清水訳ではこうだった。
「しかし、何によらず、一九五〇年代に書かれたものはみな意味があるという見方を信じるところまでは私もまだ進んでおりません」

近藤は清水の訳に本作でも言及しており、
その意味で清水に誤訳があったなら、近藤が直している可能性が高い。
しかし、意味の忠実さを求めるなら原文を読むべきで、
訳文として求める「一定程度のわかりやすさ」なら清水訳でも困ることはあまりない。
それよりはページによっては1ページ内に[笑]が4つも書く近藤訳の方が大変読みにくい。

注釈の読みやすさ
・近藤訳が良い
清水訳では注釈は巻末にまとまっており、
わざわざ読もうとしない限り目に入らない。
これに対して近藤訳では注釈の内容がほぼ必ず同じページにあり、
「わざわざ読む」という手間無しに読み通すことができる。
注釈の内容も原注だけでなく、近藤の足したと思われる注釈、
それこそ2022年のウクライナ情勢にまで軽く触れたものがある。
また、より重要なのはE・H・カーの間違いを指摘する注釈である。
『歴史とは何か』は歴史学を志すものならどのような形であれ大いに重視する文献だが、
カーを崇拝せずに済む、という意味ではこの注釈は重要である。

資料としての充実具合
・近藤訳が良い

清水訳では新書ということもあり、『歴史とは何か』の本文の訳のみを収録している。
これに対し、近藤訳ではR・W・デイヴィスによる「E・H・カー文章の解説」がある。
これはE・H・カーが『歴史とは何か』の次回作を構想し、
しかし執筆が間に合わなかったカーの資料を解説するという野心的な試みである。
更にカーの自叙伝など、「本を読むための資料」にも事欠かない。
この意味で近藤訳は価値がある。

総評:読者層によって勧める訳が異なる

初学者、大学生
・清水訳
本文が素直で、また単純に文字数が少ないのは最初にふれる上で、
読書のハードルを下げることができる。
E・H・カーの『歴史とは何か』に最初にふれるなら、清水訳が今でもおすすめである。

院生、歴史研究者、清水訳読破者
・近藤訳に目を通すべき
清水訳の良い所は文字数が少ない所であり、欠点は文字数が少ないことである。
文字数が少ないということは読みやすいが、情報量が少ないということでもある。
すでに清水訳を読破した人には近藤訳の追加部分や、
本文を改めて読んで『歴史とは何か』への考えを深めてもらいたい。
真剣に歴史学をやるつもりなら、近藤訳を新品で買うのは高くないどころか安いと言える。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 世界史
感想投稿日 : 2022年6月16日
読了日 : -
本棚登録日 : 2022年5月10日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする