チェコの作家ミラン・クンデラが敬愛する、ヘルマン・ブロッホ(1886年~1951年・オーストリア)の代表作『夢遊の人々』。ちなみにブロッホの同時期の作家には、ジェームス・ジョイス、フランツ・カフカ、ヤロスラフ・ハシェク、マルセル・プルースト、イヴォ・アンドリッチなどがいます。すごっっ!
さてさて果たしてどんな作品かな? とわくわくしながら読んでみたところ、いや~凄まじい迫力。ブロッホの魂の叫びが炸裂しています。でも一貫して抒情性を排した怜悧な作品で、特に第3部は白眉です。
*第1部「1888年 パーゼノウ またはロマン主義」(上巻)
*第2部「1903年 エッシュ または無政府主義」(上巻)
*第3部「1918年 ユグノオ または即物主義」(下巻)
サブタイトルも明快。時代、主人公名、社会背景をあらわしたもので、15年ごとにブロッホが時代を考察した長編作品です。一見すると、別々の物語のように思われますが、さにあらず。ちゃあんと繋がるからさすがです!
作品全体に貫かれているのは、「価値の崩壊」と、その流れ(歴史というもの)に夢のようにぼんやり呑み込まれていく人々を描いていると思うのです。そして、その流れはとまることはなく今も続いている。
第1部のパーゼノウは軍人。軍人の価値体系から世界をとらえています。実業家は企業のそれ、商人は商行為のそれ……それまでは、それぞれの部分社会で構築された価値体系の中で自我を形成し、生を全うしていた時代でした。しかし近代化により、個人主義、自由主義、価値観の多様化が広がり、これまでの生の形式はしだいに揺らいでいきます。
このパートのキーワードは「制服」。軍人パーゼノウから軍服(という価値世界)をはがしてしまえば、そこには一体何が残るのか? パーゼノウは軍人の世界にしがみつきながら、その一方で、軍服を潔く脱ぎ棄てた実業家の友人の自由な生き方や奔放な価値観に、激しい苛立ちと羨望の眼差しを向けます。
第2部のエッシュは会計士。やはり会計原理に基づいた価値世界に生きている男です。
「……簿記は周知のように、借方は必ず貸方によって相殺されるのがルールだった」
エッシュが勤めていた会社の不正事件に巻き込まれてクビになるところから物語ははじまります。キーワードは「簿記」、「借方&貸方」。世界はさらに混沌として不条理なものとなり、簿記のように整然とはいかない。その渦中でエッシュはもがき苦しみます。なんだか、カフカの測量士Kや銀行家のヨーゼフ・Kを彷彿とさせます。しだいに、せん妄状態になり、刹那的な生き方で身を持ち崩していくエッシュ。彼の無秩序・アナーキー状態がはじまります。
……ということで、続きは懲りずに下巻で♪
- 感想投稿日 : 2017年11月27日
- 本棚登録日 : 2017年9月26日
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