フィリップ・K・ディックはこの本がはじめて。ディックと言えば『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の思弁系SFのイメージがあったけれど、この短編集には、軽いユーモアSFや超能力を題材とした正統派のSFが主に収められている。『パーキー・パットの日々』と表題作『変数人間』が印象に残った。
『パーキー・パットの日々』
“父親がつぶやいた。「あのオークランドの連中。あのゲーム、あの特別な人形、それがあの連中になにかを教えたんだよ。コニーは成長しなくちゃならない。それで、あの連中も彼女と一緒に成長するしかなくなったんだ。ピノールのまぐれものは、そのことをまなばなかった。パーキー・パットからは。これからも、まなべるかどうかはわからない。パットも、コニーとおなじように成長しなくちゃいけないんだ。コニーも、前にはパーキー・パットとおなじようだったようにちがいないよ。ずっと前には」
父親のいっていることに興味がないー人形だの、人形を使ったゲームなんかのどこがおもしろいんだろう? ティモシーはさっさと駆け出し、目をこらして、なにが行く手に待っているかをのぞいた。自分と、母親と父親、そして、リーガンさんを待っている、たくさんの機会と可能性を。(p.59)”
核戦争後の荒廃した地球で、火星人から与えられる物資を頼りに各地の地下シェルターで暮らす人々。大人たちが興じているのは「パーキー・パット」という名の人形を使った奇妙な遊戯で、彼女に手作りの小物を与え、架空の人生を送らせることでかつての豊かな日々を懐かしんでいた。そんな中、隣のシェルターには「コニー・コンパニオン」人形があることを知り、興味を持った彼らは…
少し前までは他でもない自分たちのものだった、たくさんの物に溢れ平和な人生を、人形に託すことで心の支えとする中年たち。
”ノーマン・シャインは自分のLPコレクションを覚えている。以前は、パーキー・パットのボーイフレンドのレナードとおなじように、高級な服を持っていた。(略)あのころのわれわれは、いまのパットとレナードのような暮らしをしていたんだ。(p.23)“
彼らの姿には同情と哀れみを覚えるが、手作りの人形に対するそのあまりの執着には、恐怖と同時に滑稽さも感じる。非常に味わい深い作品。
『変数人間』
“「これはーこれは変数なんです」カプランは身ぶるいしていた。唇は血の気がなく、顔は蒼白だった。「そこからどんな推論も引き出せないデータなんです。過去からきた男。コンピュータは彼を処理することができません。変数人間を!」(p.380)”
西暦二一二八年。地球は、太陽系を包囲するケンタウルス帝国と緊張状態にあった。彼我の勢力差を逆転させることを期待された、地球軍の新兵器イカロス。その完成する直前、過去からやってきた男トマス・コールが唯一の不確定要素となり、コンピュータは開戦後の趨勢を計算できなくなってしまった。公安長官エリック・ラインハートは、彼を排除せんと執拗に追いかけるが…
人類が宇宙に進出した未来を舞台にした、大スケールのSFアクション中編。コールを匿った研究所での戦闘シーンは迫力がある。
パーキー・パットの日々/CM地獄/不屈の蛙/あんな目はごめんだ/猫と宇宙船/スパイはだれだ/不適応者/超能力世界/ペイチェック/変数人間
- 感想投稿日 : 2022年12月15日
- 読了日 : 2022年12月13日
- 本棚登録日 : 2022年12月12日
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