羽ばたき 堀辰雄 初期ファンタジー傑作集

著者 :
制作 : 長山靖生 
  • 彩流社 (2017年2月22日発売)
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本棚登録 : 57
感想 : 7
4

先にコミカライズが目に留まって、必然的にこっちにも手が伸びた。気安いながら、ちょっとしたイラストや加工の入った帯、扉など、趣味がよくてとても素敵な一冊。中身も現代仮名遣いにされていて、全体に今風のお洒落っぽさがある。旧仮名遣いのままならそれもそれで好きだけど。
「死の素描」「羽ばたき Ein Märchen」「鼠」「ある朝」「夕暮」「風景」「眠りながら」「蝶」「あいびき」「土曜日」「窓」「ネクタイ難」「ジゴンと僕」「水族館」「眠れる人」「とらんぷ」「Say it with Flowers」「ヘリオトロープ」「音楽のなかで」「刺青した蝶」「絵はがき」「魔法のかかった丘」を収録。

実在の都市や実生活の一場面を描きながら、まったく架空の世界であるかのような詩情の自由がある。恐怖や怪奇を契機とするのでなく、現実を歩む同じ調子で明るい夢への顛倒に踏み出していくのが何やら沁みた。青年のロジックと少年のセンスが両立しているような。
「羽ばたき Ein Märchen」がとてもよかった。母の死をきっかけに幼年期の夢から醒めるジジと、その夢を見続けたままジジを追うキキの断絶の残酷。キキがジジに彼の母の危篤を知らせに来た時、夢から醒めないのはジジのほうだったのに。キキがジジに向ける思慕が徐々に確実に強くなっていくことにも、どこか絶望的な気持ちを覚える(キキは無邪気に明るい)。「女の子のように」は直截だし、失神したのにだって、ジジの母への同化欲求があったのかなと。でもジジは夢から醒めていて、「ソドムのよう」な脅威に接近されたうえ、武器もない……。飛翔と墜落の描写が切なかった。
視覚の混乱、ガラスの向こうとガラスに映った像が軽やかなイリュージョンを紡ぐ「蝶」もツボ。想像力のなせる蝶がさらなる想像を喚起する幻想性が美しい。語りを含めて、なんだか高橋葉介の怪奇漫画っぽいノリだと思うのだけどどうだろう。

たまにある誤植でちょっと目が醒める。字が入れ替わってるくらいならまだしも、新仮名遣いにされそびれた旧仮名遣いは残念。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2020年11月24日
読了日 : 2020年11月22日
本棚登録日 : 2020年11月23日

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