かの子撩乱 (講談社文庫)

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感想 : 25
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瀬戸内寂聴氏が’晴美時代’、『婦人画報』誌に連載していた評伝の大作。
岡本太郎の母、岡本一平の妻、それ以前に歌人、晩年は小説家…
天衣無縫な岡本かの子の全生涯を、不惑の氏が書き切った。
 
兄に感化される文学少女時代を送っていた令嬢・かの子は、谷崎潤一郎に出逢う。
晩年は川端康成をして、後数年生き長らえていれば森鷗外を超えたであろう、と言わしめた。
それだけ恵まれた環境にありながら、彼女は何故、文壇で確固たる地位を築けなかったか。
芸術とは彼女にとって何であったか。
彼女を創作へ焚き付けていた情熱の、燃料たりえたものは—

その真相を著者が太郎氏やかつての恋人の元を尋ねながら、数多の書簡を通してつまびらかにしていく。
 
 
 
読み物には男も女も無いと思っている。
しかし、女しか書き得ないものは、やはりある。
書斎にかの子の写真を据えて物理的にも向き合いながら書かれた本作は、数奇な作家の人生に向き合った小説家・瀬戸内晴美の仕事ではなかった。
女が女を追い、その末に捉えようとする泥仕合であった。
 
島尾敏雄・ミホの評伝『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』を、敏雄・ミホ・梯久美子氏(著者)の三つ巴と表現した小説家が居たが、本作は正にかの子と著者の闘争である。
 
著者が女でなければ、息をする様に恋をした寂聴氏でなければ、ここまでかの子の恋愛に焦点を当てる事は無かったであろう。
生きる事と書く事、愛する事を同義と捉えた氏であったからこそ成せた業なのだ。
 
『かの子撩乱』を読み始めた夜、私は夢の中で強烈な妬心に悩まされていた。
いわんや著者をや。
何度かの子に「持っていかれ」そうになったのだろうか。
 
2人の恋人に身辺の世話と操縦不能であった情緒の一切を委ね、一平を含めた3人の男と暮らしていたかの子。
かの子自身のみならず、かの子をミューズと崇め続けた男達の心理、そしてかの子の没後に見せた一平による生き方の矛盾はミステリよりミステリである。
しかし、その収拾が付かないミステリは太郎氏の冷静な述懐と分析によって包括され、時に答えを導き出していた。
 
「芸術は爆発」と謳った太郎氏の聡明さと、家族へ対する愛には驚くばかりである。
唯一事態を客観的に見ていた氏の存在は、彼等の芸術を後世守り続ける際も多大なる援助をしたであろう。
本棚に眠っている氏の『一平 かの子―心に生きる凄い父母』も、拝読すべき時機に来た。
 
生み出す作品を、自身の人生が上回る。
昔の小説家は本当にそう言う人が多かったのだなぁ…と、また文学の面白さに溜息が零れた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 近代文学
感想投稿日 : 2022年2月20日
読了日 : 2022年2月6日
本棚登録日 : 2022年1月16日

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