フレップ・トリップ (岩波文庫 緑 48-7)

著者 :
  • 岩波書店 (2007年11月16日発売)
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1925年、友人の吉植庄亮と共に鉄道省主催の樺太観光団に参加した白秋の旅行記。


『桐の花』『邪宗門』で西洋かぶれなイメージの白秋だけど、この時期にはもうだいぶ右寄りになっていたようで、日本の文化と詩をアツく讃えて吉植に苦笑されている。日露戦争の勝利のシンボルのような樺太(サハリン)で、皇太子も訪れた場所だと嬉しがって万歳三唱するこの空気が当時のリアルだったんだろうなぁ。アイヌに対する視線、亡命ロシア人を見る視線も、白秋だけにとどまらない日本の知識人の考え方が伝わってくる。
あと地味に面白いのが、父親が政治家で自身もこのあと議員になる吉植が選挙前のドサ回りを語るエピソード。農家を回っていると、良かれと思ってみんなが砂糖を差しだしてくる。何軒も連続でだされるから舐めたくないのだが、断ると一票減るんだと思って頑張って舐める。ぼた餅もよくでてくるし勧め方が本当に断りづらい。父親に付き合って子どもの頃からそれをやっているので、砂糖が嫌いだという話。白秋がなにげなく言った「最近原稿書きながら砂糖舐めるの好きなんだよね~」って発言からこのエピソードが飛びだしてくるのもちょっと笑える。
冒頭の海の描写は素晴らしいのだが、船のなかでのどんちゃん騒ぎを描写したパートでは、もう大先生になっちゃってる白秋のふるまいがどうしても気になる。でも樺太に降り立ってからの畳み掛けるような自然描写は映像的かつリズミカルでさすが。特に「樺太横断」の章は乗った車が何度もパンクをくり返し、そのたび笑いながらぷらぷらと野を歩いて花を見つける一行の姿が好ましい。詩によって描かれた絵葉書のアルバムをめくっているようだった。青空文庫で読んだのだが、白秋の文体は横書き・スクロール形式ととても相性がいい。時折入るカリグラム的な表現も、横書きのほうが効果的に見える気がする。
最後は海豹島(チュレーニー島)でロッペン鳥(ウミガラス)とオットセイを見、その迫力に発情期のオットセイたちのドラマを幻視する。十蘭が書いたのとは全く違う、陽のエネルギーに満ち溢れた島のイメージに驚く。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ
感想投稿日 : 2023年3月11日
読了日 : 2023年3月10日
本棚登録日 : 2023年3月11日

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