廃墟大全 (中公文庫 た 67-1)

著者 :
制作 : 谷川渥 
  • 中央公論新社 (2003年3月1日発売)
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感想 : 10
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ローマの遺跡やパリのサン・ジノサン墓地など実在の廃墟から、絵画やアニメに描かれた表象としての廃墟、あるいは廃墟が持つ「甘美なメランコリー」をコピーした〈新築の廃墟〉まで、16名の執筆者による論考でさまざまな角度から廃墟とは何かを問う評論集。


編者の谷川渥が『廃墟の美学』でこの本の話をしていて、ずっと読みたかった一冊。谷川論文は前掲書で、また巻頭の巽論文は『恐竜のアメリカ』で既読だったが、他の執筆者も読み応え抜群で面白かった。
特に小池寿子のフランスから岡田哲史のイタリア、谷川・森利夫のイングランド、今泉文子・岡林洋・種村季弘のドイツと、西欧の中世から近現代へスムーズに視点移動していく構成が見事。小池論文はカタコンブができる前のパリの共同墓地だったサン・ジノサンの成り立ちと凋落を語り、パリという都市の特殊さを浮かびあがらせている。
考古学と古美術趣味と廃墟観光が同時に発生したということをピラネージ中心にまとめた岡田論文、ピクチャレスクな景観を求めて人工廃墟[シャム・ルーイン]がこぞって建築された18世紀英国式庭園の姿を追う森論文も非常に面白く読んだ。谷川・森・四方田の3名が廃墟ムーブメントとは「それを見て喚起されるエモーションが本物なら廃墟自体は偽物でもいい」という考え方に基づくものであると指摘していることをおぼえておきたい。
ヨーロッパ勢と比べてしまうと、アジア勢は中野美代子と四方田犬彦がいるとはいえずいぶん手薄で味気ない。中国に触れたのが中野と四方田(半分)だけ、残りは近現代以降の日本オンリー。東京大空襲や阪神淡路大震災の〈復興〉にばかり急いで、傷痕を隠そうとする日本の体質に苦言を呈す飯島と日野はなぜ原爆ドームに言及しなかったんだろう。
本書は廃墟"論"の本なので基本的には文章が主体となっているが、〈廃墟写真〉の歴史を図版で辿る飯沢論文は短いながらもローマの遺跡から戦火の焼け跡、廃車が積まれた処分場、そして〈人体という廃墟〉まで、本書で扱われているテーマをコンパクトに取りまとめている。
各論がリンクしあい補完しあう構成と総論の丁寧さを見て編者の好感度が上がった。ここに取り上げられなかったアジアの国やアフリカ、南米の廃墟文化についても興味が湧いた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 評論
感想投稿日 : 2021年12月18日
読了日 : 2021年12月16日
本棚登録日 : 2021年12月18日

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