すべてを可能にする数学脳のつくり方

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  • ビジネス社 (2016年4月22日発売)
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ゲーテルの不完全性定理により「システム単体でそのシステム自身が無矛盾であることを証明できない」ことが証明された為、「全ては双方向の関係性で出来ている = 単体で存在するカントのアプリオリ(全知全能)な存在はいない」

この世に確定的なものはなにもない。

「私」について突き詰めて行くのがオントロジー(存在論)。論理を突き詰めていくのがメタフィジックス(形而上論)。

ほとんどの人間は利益よりも損失を恐れる。これを損失回避性と言う。

人は利益を目の前にするとリスクを回避し、損失を目の前にするとリスク追求を選考し始める。

人はリスクの2倍の利益があればギャンブルに出る。

人間は合理的が好きなのではなく、矛盾している事が怖い。

デンプスターシェーファー理論、、、全ての事象は独立事象ではありえない。従い、現実世界ではベイズ理論よりも正しい。

限定合理性、、、人はもともと不合理で、つじつまの合わない意思決定をする。合理的でも論理的でもない。

数学の宇宙も辻褄が合わない、わけのわからない事がたくさんある。数学的思考とはそういったもの全てを含めたもの。

論理的思考、合理的思考は論理宇宙、合理宇宙の中の思考であって、数学的宇宙の一部でしかない。そして、人間の思考は論理的なものに頼れば矮小化する。人間的思考も数学的思考も壮大な宇宙を持っている。

アブダクション(ヒューリスティック)、、、近似解。インダクション(帰納法)でもディダクション(演繹法)でもない、人間的な推論。そして、これはあくまで近似解であり、しばしば間違えるが、これによって宇宙は広がって行く。

思考とは情動に対する再認識。

人工知能の思考は物理空間にいるが、人間の思考は情報空間にある。だからこそ、余計なものを切り捨て、時折不合理なものも挟み込みながら判断していける。

巨大多国籍企業や先進国の言う「フリー」は自己の行動のフリーであり、自らの欲望の解放だけを意味する。

コンピューターは、複数の矛盾するプログラムがあると、お互いをけん制しあって動けなくなる。

我々は、選挙で国会議員にふさわしい人物を選びたいのであって、国会議員にふさわしいと主張するのが得意な人物を選びたいわけではない。ところが実際には、自己主張が上手い人間ばかりが選ばれている。弱肉強食、プレゼンの世界が日本社会に導入され、日本は歪んでしまった。

知識のカオスの中からゲシュタルト(統合的感覚)が生まれ、ヒットの予感が立ち上がる。大切なのは知識のカオス。新しいものは混沌からしか生まれない。なぜなら、整理すると必ず過去の視点を入れる事に繋がるから。

「新しいもの」とは、常にイメージが先にあり、そのイメージを現実化させる時に物理空間の制約に準したもの。

閃きは混沌の中からしか生まれない。より良く閃く為に必要なのは、イメージを縦横に広げる能力であり、混沌を混沌として受け止める力である。不条理や不合理も当たり前に飲み込みながら、公理には従う。

自分の目の前の世界について、常に豊富な知識を使って立体的なイメージとして捉える事。これを数学的思考という。

イメージの訓練は、あるもの、ある事象を他人に解るように一言で喩える事。一般的な言葉、日常会話で言い換える。これを繰り返せば発想は飛躍的に高まる。

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カテゴリ: 教育
感想投稿日 : 2017年1月18日
本棚登録日 : 2017年1月18日

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