天平の女帝 孝謙称徳

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  • 新潮社 (2015年11月27日発売)
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感想 : 25
3

古代小説が面白いという日経の文化系記事がキッカケで読んだ本、2冊目。

 今度は、女性の労働環境を考えさせる一冊だ。女帝孝謙・称徳(重祚)天皇は、一般には「僧の道鏡に傾倒したため、男によろめいた女帝」という醜聞が思い出されるが、著者は「それを覆したかった」と筆を執る。
 女帝に仕える高級女官和気広虫の目線で物語は綴られ、朝廷内で様々な役割を担う女性官僚の活躍が描かれる。著者は古代史を学ぶ上で「能力があれば女性も評価されるシステムだった。男社会で奮闘する女官の姿は、現代に重なる。女性の読者に共感して読んでもらえたらうれしい」と語る。

 つまり、道鏡事件スキャンダル、その後の女帝の死の真相を暴くことと、古代を舞台に女性労働力のあり方を考えさせる二軸を描いている。そこが、ちょっと中途半端で冗長になっていて残念。
 ミステリー的に“道鏡事件”の真相に迫る迫力にも乏しく、一方、女性にとっての働きやすい職場環境を実現させたいという女帝の遺詔を成文化する作業も最後はどうなったのか?というところで終わってしまってスカっとしない。
 そもそも作者も、広虫と共同戦線を張る女官由利(吉備真備の娘)を評して、「しょせんは由利も女。もろいばかりに情と熱とに流されてしまう、女なのだ」と、そこで“しょせん”を使っちゃいけないんじゃないと思うほど、根柢のところでは女性登用に対しての諦念が見て取れる気がして凄味に欠けるところが、ちょっと惜しい。

 とはいえ、確かに古代史は資料も少なく、歴史考証も諸説紛々、自由に現代の意図や解釈を、皇統の歴史においてでさえも投入できる面白さは大いに感じることができた。もっともっと自由にダイナミックに描けると思ったけど、天皇家のスキャンダルや、女帝の政治思想なんだもんなぁ、けっこう頑張って創り上げてるのかもしれない。邪推だが、本書が書き下ろしなのは、どのメディアも連載として取り上げるにはタッチ―だと感じたからか、あるいは著者が掲載媒体サイドの圧力を回避し自由に筆を振るいたかったがためか、と。
 古代史を描いた水木しげるの著書も、そういえば書き下ろしだった(大和朝廷から皇族に繋がる歴史の正当性の担保のために神話は利用されているという主張が入っているからね)。

 閑話休題。
 日本にはかつて男女の差のない律令が定めた官人制度があり、それは当時手本とした中国にもなかったこと(中国は宦官制度という世にも恐ろしい、人を人とも思わない制度があった)。男性と女性が協働する仕組みが大和朝廷の中にあったということを自覚するのは、現代の労働環境を考える上で大いなるヒントになる。

 また、女性の天皇という可能性も。

 本書は、最後に
「この後、この国において、数百年間にわたって女帝の即位はない」
 と語り、
「男たちの政権はその後、久しく続いて行くが、人々が求める平和で安らかなる日本に落ち着くには、歴史はまだまだ、時間を必要とするようである」
 と締めくくる。

 女性の活躍と、女帝もありじゃなかろうか?という問いかけが、他の作品でも女性の活躍を描く著者の思いではあるのだろうが、孝謙・称徳時代の混乱を克明に描いた本書を読むと、やはり女性天皇の存在は多くの問題を孕むと思わざるも得ないところ。

 著者はいう(誰もが言うことだが)
「歴史は繰り返す。それは人が歴史から学ばないからだ」

 はてさて、学んだが故の現在もあると思う。遠い記憶の彼方に霞む古代史に、現代の思考、主義主張を自由に羽ばたかせることが可能なように、歴史も現代の“都合”でどうにでも解釈できるだろうし、利用もできるもの。学ばないのではなく、学んではいるが、それでも繰り返す、繰り返せざるを得ないところがあるのが人の世なんじゃないかな、と思いながら読む歴史。 やはり面白いな、歴史は。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2016年4月24日
読了日 : 2016年4月21日
本棚登録日 : 2016年4月5日

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