完全犯罪 加田伶太郎全集 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社 (2018年4月12日発売)
3.26
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本棚登録 : 144
感想 : 20
3

〇 総合評価 
 草の花,死の鳥などの作品で有名な文学者「福永武彦」が「だれだろうか」のアナグラムである「加田怜太郎」という名義で残したミステリの全集。鼎談や序論なども掲載されている。時代を考えるとそれなりのクオリティの作品がそろっているともいえる。しかし,有名作家が残したミステリだという付加価値があるから古典として評価されている程度の平凡な短編集ともいえる。
 標題作の「完全犯罪」は,船上で4人がそれぞれ推理を披露するという多重解決モノ。無駄な描写がなく事件について描かれ,4人が推理をする。トリックがチープであり意外性もそれほどでもないが,無駄のない構成と分かりやすい構成なのでそれなりに楽しめる。しかし,メイントリックがチープなだけでなく分かりにくい。
 そのほかの作品は,短編ながら無駄なやり取りもあってますます完成度が下がる。さすがに文章は上手く,作品の雰囲気は風格があるのだが,いかんせんミステリとしてさほど面白くない。それぞれの時代を反映した描写になっていて古臭い。作品の雰囲気の良さを最大限評価しておまけの★3といったところか。

〇 完全犯罪
 船の上で,迷宮入りになった10年以上前の事件を巡って4人の男が推理を競う「多重解決」モノ。事件は,雁金家という資産家の家に脅迫状が届く。そして,犯行予告があった日に雁金玄吉が殺害される。容疑者は妻の雁金弓子,社長秘書の別府正夫,居候の安原清,別府正夫の養母である雁金梅子,弓子の元恋人の本山太郎。この4人には,別府正夫を殺害する一応の動機はあった。別府正夫は密室で死体で発見される。捜査の中,別府正夫が妻の弓子を殺害しようとしていることが書かれているメモが発見される。
 この事件についての4人の推理。まずは船長。船長は犯人は中学生の居候だという。凶器は机の引き出し。合鍵で鍵を開けて殺害。合鍵を取りに行き,最初からそこにあったと見せ掛けたというもの。しかし,もと船乗りの別府正夫を中学生が殺害することは不可能ではないかと論破される。
 事務長の推理。秘書の別府正夫が犯人だという。ロープを使って3階の窓からぶら下がり,首を絞める。ロープは腹に巻き付けた。しかし,そもそも3階からロープでぶら下がるという犯行は見つかる危険が大きすぎると論破される。
 船医の推理。弓子と本山の共犯。本山への手紙は2通出されたというもの。夫人は夫の殺害計画を知らないはずであり,殺害されると思っても,危険を冒してまで夫を殺害するのは不自然と論破される。
 伊丹英典の推理。合鍵と焚火と殺人メモをベースに消去法で犯人を推理する。
 焚火の関係で,弓子夫人と中学生を消去
 合鍵の関係で,秘書が消去
 すると犯人はおばあさんしかいないことになる。おばあさんは編み物を利用して殺害をした。秘書の靴を履いて外に出る。焚火は本山への警告,雁金氏に窓から首を出させるという目的で焚いた。編み物の毛糸を使って殺害。たまにして凶器を隠した。
 小説というか,推理クイズという感じの作品。毛糸を使ったトリック部分が分かりにくいのが難点だが,無駄な描写がなく,こじんまりとまとまった秀作だと言える。

〇 幽霊事件 ★★☆☆☆
 久木助手が登場。英文科の大山ひとみという女性の父親が,自分を陥れた元職場の上司に復讐に行くのではないかと伊丹に相談に来る。伊丹と久木が「黒田作兵衛」というその上司の家に向かう。黒田作兵衛の家では吉備弁護士が殺害されている。大山ひとみの父親が容疑者。黒田家の家政婦は黒田の幽霊を見たという。
 真相は殺害されたはずの吉備が黒田のふりをしていたうもの。死体は実は黒田の死体だった。
 いかにもひと昔前の短編ミステリという感じの作品。人物入れ替えトリックだが,特徴的なハゲ頭でごましているだけで,瓜二つでもない二人が入れ替わるというところがミソになっている。これは凡作

〇 温室事件 ★★★☆☆
 久木助手の友人が家庭教師をしている伊豆の休暇で殺人事件が起こる。密室である温室での殺人。トリックはアキレスという訓練された犬を使って密室を作るというもの。犯人は香代子という女性で,久木と一緒にミステリを読み,久木が夢中になっているときに殺人。久木を自身のアリバイに使っていた。
 犬を使った密室トリックで,昔,藤原宰太郎か誰かが紹介していたような気がする。まさに古典。香代子がミステリをどのくらいまで読んでいたかをさりげなく確認するなど,伊丹の探偵ぶりがスマートで面白い。

〇 失踪事件 ★★☆☆☆
 瀬戸という学生が伊豆に一人旅に行ったまま失踪してしまったという。瀬戸の兄が久木を通じ,伊丹に捜査を依頼する。伊丹は,瀬戸が焼き殺される寸前で犯人を見つけ出す。真相は,生命保険を得るために瀬戸を殺害しようとしたというもの。伊丹は,歯の治療により身元をごまかし得る歯医者に目を付け,久木の父が警察の偉いさんであることを利用して,生命保険に最近加入した歯医者を見つけ出し,犯人を特定した。
 ・・・なんというか。古典としてもややミステリとしては苦しい。バカミスを作ろうとはしていなかったがバカミスになってしまったパターンの作品か。時代と短編であることでなんとか作品として成立しているという作品か。

〇 電話事件 ★★☆☆☆
 遠藤という人物が電話で,謎の人物から脅される。遠藤は子どもが通う学校の校長の妻と不倫をしていた。相談を受けた警察から,さらに伊丹に依頼があり,伊丹が捜査をする。妻が不倫をしていた校長が犯人かと疑うが校長も同様の脅しを受けていた。最終的に遠藤氏は自殺する。真相は遠藤の子どもが犯人だというもの。遠藤の子どもは父と校長を脅し,遠藤はそのことを知って責任を感じたせいか,自殺をした。
 安楽椅子探偵というよりちょっとしたハードボイルド。伊丹は皮肉な結末を前に探偵趣味を廃業するつもりと言う。
 ミステリ的には凡作。子どもが犯人というのは少し意外性はあるが,ミスディレクションらしいミスディレクションもなく,こいつが犯人かもと推測できてしまう。凡作だろう。

〇 眠りの誘惑 ★★☆☆☆
 鳥飼元子という女性が住み込みで家庭教師をした家の主人(赤沼)が殺害される。鳥飼が手紙を書いて,その手紙を読んだ伊丹が推理をするという趣向。真相は,その家の中2年生の娘のユリ子が犯人というもの。鳥飼自身の推理なども披露されておりちょっとした多重解決風の味付けがされている。水道の蛇口に付けたホースが凶器。トリックらしいトリックもなく,伊丹の推理も手紙形式で箇条書きで語られている。作品の幻想的な雰囲気だけはそこそこだが,ミステリとしては凡作

〇 湖畔事件 ★★★☆☆
 伊丹が旅先の湖畔の近くのホテルで事件に巻き込まれる。ホテルで事件が起こるが,「死体」が消失する。真相はそもそも事件はなかったとうもの。「死体」のふりをした宮本小次郎という作家が,新聞記者のふりをしてホテルを脱出していたというもの。動機はかつての恋人への復讐と伊丹をからかうため。ミステリのパロディというイメージの作品。そもそも事件が起きていない。起きていない事件について子どもがいろいろと推理するという趣向。プロットはそこそこに面白い。趣向の面白さと文章の雰囲気の良さで★3か。しかし,トリックもそれほどでもなく,ミステリとしては及第点ギリギリ程度


〇 赤い靴 ★★★☆☆
 伊丹の知り合いの医者が務める病院で葛野洋子という女優が死ぬ。伊丹は捜査の依頼を受ける。犯人は新人女優の葉山茂子。心理的に脅かしてから,姿を見せて脅して殺害した。葛野洋子の姉が幽霊として出ていたという部分があるが,幽霊は歳を取っていたことから,若い状態で出ると葉山茂子が葛野洋子に似ていることからばれると思い,あえて歳をとらせたというところから推理した。細かい部分の推理はスマート。しかし,全体的にリアリティに乏しく,事件としては平凡。作品の雰囲気は悪くない。おまけで★3

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文庫22
感想投稿日 : 2018年8月9日
読了日 : 2018年8月9日
本棚登録日 : 2018年8月9日

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