1989年、末期癌に冒されていながら妊婦ゆえ治療を拒否している女性患者が入院している。女性の名は堀川タキ。彼女は自分が産む子供は救世主だと言い張り、子供へのメッセージをテープに吹き込み続けている。しかし細胞検査の結果、彼女の病は未知の奇病であることがわかり…。
そして1996年、東京。ある事件がきっかけで盗掘屋よばわりされ、さらに奇病で片目を失ったはぐれ考古学者の青山譲は、「N43―シオンの使徒」という謎の教団の広報・宮下からある依頼を受ける。それは8年前に青山が発掘に携わり、そこで発見した遺物のあまりのおぞましさから、それを隠し発掘現場を爆破した事件の現場、南仏レンヌ=ル=シャトーの遺跡を再び発掘し、その遺物を教団に渡してほしいというものだった。青山は過去に蹴りをつけるためもあり、それを引き受け南仏に飛ぶが、ライバルの教授・井村の邪魔立て、さらに恐るべき真実が次々と発覚し…。
単行本は1997年の発表、内容的に『ダ・ヴィンチ・コード』(2003)とかなりかぶっているのだけど、こちらのほうが先行しているのだから驚き。だが知的謎解きミステリーだった『ダ・ヴィンチ・コード』と違い、こちらは荒俣宏なので伝奇ホラー風味。なんていうか、『ムー』愛読者むけな感じ。
『ダ・ヴィンチ・コード』もそうだったように、基本的にある程度史実に基づいている。レンヌ=ル=シャトーの遺跡、ソーニエール神父による発見、レオナルド・ダ・ヴィンチらも所属していたといわれる秘密結社「シオン修道会」、そして本書で謎解きに使われるニコラ・プッサンの絵『アルカディアの羊飼いたち』などすべて実在。
そしてマグダラのマリアが産んだといわれるイエスの子、その子孫、メロヴィング王朝、キリストの墓の場所や聖杯伝説との関係、聖骸布、テンプル騎士団に十字軍にカタリ派などなど、これでもかとキリスト関係の謎がてんこ盛り。
表題の「レックス・ムンディ」は、ラテン語で「世界の王」の意味、カタリ派ではアスモデとも呼ばれ、創造神だが善神ではなく悪神、魔王であるとされ、テンプル騎士団におけるバフォメット崇拝にも繋がっている。
登場する教団「N43―シオンの使徒」は北緯43度に聖地が集まるという理論を展開しており、シオン修道会の系譜(※シオンは聖地エルサレムの別称)、レンヌ=ル=シャトーも北緯43度付近にあり、教団は聖地でキリストが復活すると信じており、その儀式のために必要なある物(もう言っちゃうけどキリストの遺体)を青山に発掘させようとしている。
教団の教祖の名はアスモデ、今年8歳になる少年だという。ここで大半の読者はピンと来てしまうが、冒頭、謎の病に冒されながら子供を生もうとしていた女性、もしあの女性の子供が生まれていたらそれくらいの年齢だ。そして、その女性タキが、かつて青山の恋人でともに発掘に関わっていたことが徐々に明かされていく。
題材としてはとても興味深かった。マニアックな知的好奇心を満足させてくれるというか、民俗学、考古学的な面白さ。一見奇想天外なファンタジーのような出来事も、ちゃんと歴史や科学で裏付けされていて、なるほど!と思うこともしばしば。
ただ惜しむらくは、登場人物にあまり魅力がない点。主人公の青山譲はハードボイルドな感じで、それだけならまだしも、とにかくすぐ激昂する。ふつうに冷静に話せばよいような場面でもすぐ激怒、暴力的で、とても学者と思えない。若者ならまだしも、たしかアラフィフのおじさんのはずなので、もう少し冷静沈着に対処してほしかった。すぐ激して喚きだすので読んでいるだけで疲れてしまう。聖母と呼ばれている少女も正体は謎のままだったし、終盤、フランスの警察からも、教団からも追われているはずの青山が、普通に入国したりうろうろ活動していたのもご都合主義的。
著者の膨大な知識や、それに基づく推理はとても面白いのだけど、それを物語の形に落とし込むのがとても難しかったのだろうなという印象を受けた。内容はこちらのほうが濃いけれど、エンタメとしては『ダ・ヴィンチ・コード』の完成度のほうが上という感じかな。
- 感想投稿日 : 2020年11月1日
- 読了日 : 2020年10月30日
- 本棚登録日 : 2020年10月26日
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