乙女の密告

著者 :
  • 新潮社 (2010年7月1日発売)
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京都の外大でドイツ語を勉強しているみか子は、スピーチの女王・麗子様を尊敬している。ドイツ語を学ぶ彼女たちが暗誦させられているのは『ヘト アハテルハイス』=日本でいわゆる『アンネの日記』。しかしいつもアンゲリカと名付けた人形を持ち歩いている変人バッハマン教授と麗子様のあいだに黒い噂が流れ・・・。

最近になってやっと『アンネの日記』をちゃんと読んだので、ようやく気になっていたこの本も読むことに。残念なことに作者は去年亡くなってしまった。とりあえずちゃんと『アンネ~』とその関連書籍を何冊か読んだあとでこれを読んで良かったと思う。いきなりこれだけ読んだらきっと「乙女」のほうに目を奪われてアンネの真実とは何かまで考えが至らなかったかもしれない。

ユダヤ人だから殺されたアンネ、しかしアンネのアイデンティティはユダヤ人であることをなくしては確立されない。一種の二律背反。ユダヤ人であることを捨てても生きるか、ユダヤ人として死ぬべきか。アンネが選んだのは後者だった。

長いけれどバッハマン教授のこの言葉に色々集約されていると思ったので以下引用。

「アンネがわたしたちに残した言葉があります。『アンネ・フランク』。アンネの名前です。『ヘト アハテルハイス』の中で何度も何度も書かれた名前です。ホロコーストが奪ったのは人の命や財産だけではありません。名前です。一人一人の名前が奪われてしまいました。人々はもう『わたし』でいることが許されませんでした。代わりに、人々に付けられたのは『他者』というたったひとつの名前です。異質な存在は『他者』という名前のもとで、世界から疎外されたのです。ユダヤ人であれ、ジプシーであれ、敵であれ、政治犯であれ、同性愛者であれ、他の理由であれ、迫害された人達の名前はただひとつ『他者』でした。『ヘト アハテルハイス』は時を超えてアンネに名前を取り戻しました。アンネだけではありません。『ヘト アハテルハイス』はあの名も無き人たち全てに名前があったことを後世の人たちに思い知らせました。あの人たちは『他者』ではありません。かけがえのない『わたし』だったのです。これが『ヘト アハテルハイス』の最大の功績です。ミカコは絶対にアンネの名前を忘れません。わたし達は誰もアンネの名前を忘れません」(P110-111)

そしてみか子はついに叫ぶ。「わたしは密告します。アンネ・フランクを密告します」「アンネ・フランクはユダヤ人です」“アンネはユダヤ人である自己に忍耐した。アンネはユダヤ人故に死んだ。ついに、乙女は真実を語った。”

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  >あ行
感想投稿日 : 2018年3月5日
読了日 : 2018年3月4日
本棚登録日 : 2018年3月5日

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