ナボコフの文学講義 上 (河出文庫)

  • 河出書房新社 (2013年1月9日発売)
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感想 : 21
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ナボコフがアメリカの大学で講師をしていた頃の講義をまとめたありがたい1冊(いや2冊)。読む前に、講義の題材になってる作品を先に読んでからこれを読むべきか、それともこれを読んで興味を深めてから作品に取り組もうか迷ったのですが、結局後者を選択。以前『罪と罰を読まない』を読んでから『罪と罰』を読んだら断然面白かったので、予備知識をたくさん入れておけば、ハードル高めの長編にもいつかチャレンジできるかなと。

まずはジェイン・オースティン『マンスフィールド荘園』。私自身はジェイン・オースティンは『高慢と偏見』しか読んでいませんがこれが最高に面白かったので、ナボコフもきっとジェインが大好きで選んだのだろうと思っていたところ、まさかの「わたくしはジェインが嫌いです」宣言!こちらジョン・アプダイクの序文によるとコーネル大学の先輩教授エドマンド・ウィルソン宛ての手紙に書かれているのですが、「実を申せば、女流作家なるものすべてに偏見があるのです。彼女たちは全然別の種族です。『自負と偏見』のなかに、なにも読みとることができませんでした。」と続いてます。しかしそんなナボコフにエドマンド・ウィルソンは『マンスフィールド荘園』をお勧めしてくれて、どうやらナボコフもこちらは気に入った様子(世間の評価とはたぶん真逆ですね)。

ナボコフ先生は、物語の構造を読み解くために結構くわしく粗筋を説明してくれるので、未読の私にも大変わかりやすかったですが、基本的に結末を盛大にネタバレしてしまうので、結末を知りたくない方は要注意。私はちょっと「自分で読む手間が省けた」と思ってしまいました(ダメな生徒)。続くディケンズの『荒涼館』も同じく、複雑な人間関係や事件の経過をきちんと整理して読み解いてくれるため、すっかり自力で読み終えた気分になれます。もう本編読まなくていいかも(先生ごめんなさい)

唯一既読のはずのフロベール『ボヴァリー夫人』は、しかしあまりに昔のことですっかり内容を忘れていたのでこちらも再読の手間が省けました。ナボコフ先生は、作中に登場する地名を地図にしてくれたり、屋敷の間取り図まで書いてくれるので大変親切。とまあ、読まなくても知った気にはなれるものの、自力で読んでからナボコフ先生の分析を読めばさらに目からウロコということもあるかと思うので、やっぱりいつかちゃんと全部読んでみようと思い直したりもしつつ、ただ個別の作品分析だけでなく、普遍的な文学に対する姿勢や読書の方法論など、ためになる部分は沢山ありました。以下私がノートを取った部分です。


〇「物語の形式」というのは「構造」と「文体」のこと
・構造:小説の構成、事件が次から次へとつながって起こる発展の仕方、一つの主題から別の主題へと推移する仕組、人物を登場させ、新しくこみ入った筋をはじめ、さまざまな主題をつなげたり、それを利用して、小説をおしすすめる、そういう巧妙な手段。
・文体:作家の流儀、彼独特の抑揚、彼の語彙、ある文章に直面したとき、これはオースティンのものであって、ディケンズのものではないと、読者に叫ばせるような何ものか。
 文体は道具ではない、方法でもない、ただに言葉の選択だけのことでもない。それ以上のものであって、作者の個性に固有な要素ないし特質を生み出すのは、文体なのである。

〇読者が作家に求める三つの視点
(1)物語の語り手:娯楽、もっとも素朴な精神的興奮を、なんらかの感動にあやかることを、時間的空間的にどこか遠くの世界に旅する喜びを求める。
(2)教師:宣伝者、道徳家、予言者。道徳的教育のみにとどまらず、じかの知識、単純な事実でもある。
(3)魔法:偉大な作家はつねに偉大な魔法使いである。わたしたちが本当に感動的なものと出会えるのは、ここだ。そこではじめて、われわれは彼の天才が織りなす独自の魔法をとらえ、彼の小説や詩の文体、イメージ、様式を研究しようと努めるのである。

〇小説中における作家の代弁者の三つの型
(1)第一人称で語るかぎり、語り手は物語の大文字の「わたし」であり、物語を動かす軸である。語り手は、
  ・作者自身
  ・一人称の主人公
  ・作家が一人の作者をこしらえて彼の語りを引用する
  ・小説における第三人称人物の一人が、いっとき臨時の語り手となる 等のパターンがある
(2)作者の代弁者の一つの型=物語の動かし手(語り手と同一のこともある)
(3)作者が読者に訪れてもらいたいと思っている場所を訪れ、作者が読者に会ってほしいと思っている人物たちに会う「かたつむり」(※ナボコフが名付けた)


※収録
編者フレッドソン・バワーズによる前書き/ジョン・アプダイクによる序文
良き読者と良き作家
ジェイン・オースティン『マンスフィールド荘園』
チャールズ・ディケンズ『荒涼館』
ギュスターヴ・フロベール『ボヴァリー夫人』
解説:池澤夏樹

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ★ロシア・東欧 他
感想投稿日 : 2020年2月11日
読了日 : 2020年2月10日
本棚登録日 : 2020年2月6日

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