キャパの十字架

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  • 文藝春秋 (2013年2月19日発売)
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「神ならぬ人の背負った十字架 」

フォトジャーナリストとして世にその名を知られたロバート・キャパの傑作「崩れ落ちる兵士」。アメリカの写真週刊誌「LIFE」に掲載され一躍有名になったこの写真にはしかし多くの謎があった。この一枚の写真に隠された真実こそ、キャパが生涯背負うことになったであろう十字架だと、沢木耕太郎が迫る。

スペイン内戦の戦場でキャパが撮ったとされるこの写真には、遠くになだらかな山並みを望む草原の斜面に、手にした銃さえ宙に浮かせて、今まさに仰向けに倒れ込もうとする一人の兵士が写っている。だが、この一枚にはそれ以上の情報は一切ない。

「戦場で被弾した共和国軍兵士の壮絶な死の瞬間」とされてきた写真だが、この一枚だけ見れば確かに「演習中に斜面を下りながら足を滑らせ後ろ向きに倒れ込む瞬間」と言われれば、そうではないとは誰も言い切れないだろう。

本文中著者がとりあげている「サンデー・タイムズ」の記者フィリップ・ナイトリーの「この写真について奇妙なことは、それが写真としては(「写真としては」に傍点)何も語ってくれないということである。」という言葉は強烈だ。いかなる饒舌よりも一枚の写真が強いメッセージを持つ一方、それが100%真実であるかどうかは撮った本人にしかわからないのである。撮った写真が報道なのか作品なのか、その境界線の曖昧さにフォトジャーナリズムという世界の危うさを感じる。

著者の沢木氏はこの一枚の、「いつ?どこで?誰を?どのようにして?」果てはキャパの名声にとっては禁断とも言える「誰が?撮ったのか」を情熱と「ロバート・キャパ」その人を知りたいというある種の愛情をもって迫っていく。

著者の推理によって最終的に浮かび上がったキャパの十字架には、果たしていつの世にもある名声を渇望した人間の「身も蓋もなさ」が露呈してくる。しかし、沢木氏は決してそのことをここに暴いて糾弾しようというのではない。むしろそこにキャパの極めて普通の人間らしさを見、さらにはその神ならぬ人の背負った十字架こそが人知れずその後の彼の活動の原動力となったことに注目している。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2015年8月14日
読了日 : 2015年7月20日
本棚登録日 : 2015年8月14日

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