ミストレス

著者 :
  • 光文社 (2013年8月13日発売)
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感想 : 39

「平成の宮木たち―官能の果てに 」

妻と出かけた避暑地のクラッシックコンサートで、外科医が夢現に見た舞台の上のコンサートミストレス。彼女から想起された激しい感情の正体とは?表題作「ミストレス」ほか「やまね」「ライフガード」「宮木」「紅い蕎麦の実」官能の向こうにある女性たちの真実の姿が見えたとき、切ない思いに胸が揺さぶられる5編を収録。

 全般にそこそこ濃厚な性描写があって、篠田さんにしてはこういうテイストの短編集は珍しいなと思ったら「ライフガード」を除く4編は「小説宝石」の春の官能小説特集寄稿の作品とあった。ただ刺激的なシーンも決していやらしくは感じなく、官能的なダンスの動きのように思えるのは、女性作家の手によるもののためか、それとも篠田さんファンである自分のひいき目か。もっとも女性作家でも過激でえげつない性描写する人もいますからね。

 どれも短編ながら、常人には理解し難い体質の女性であるとか、援農グループで知り合った中年女性への言葉にし難い思慕とか、謎が謎を呼び、彼女ははたして何者なのか⁈という部分で最後まで目が離せないなのは、嬉しい相変わらず。

 中でも「宮木」は最も目が離せなかった作品。ジャーナリストとしての気負いから記者をやめて、高級マンションに妻を一人残して中近東の紛争地へ渡り、音信不通のまま12年ぶりに帰宅した男。そこにはやつれて老いた妻が家を守り夫の帰りを一日千秋の思いで待っていた。彼の知らないクローゼットの奥の秘密の空間で多くの「友人たち」に支えられながら。12年ぶりに妻を抱き微妙な違和感を持った男が妻の秘密をつきとめ、真実を知ってなだれ込むラストまでは息を呑む。

 因みに男の名前は「勝太郎」。ここまで書けば、本作品のタイトルと合わせて、おそらくピンとこられる本好きさんも多いことだろう。そう、これ「雨月物語」の「浅茅が宿」が下敷きになってるんでしょうね。ただ作中では「宮木」が雨月の「宮木」ではなく、後拾遺和歌集にただ一首歌が残されているという遊女「宮木」に想を得たということが触れられている。

 音信不通にしていた夫が久方ぶりに帰宅した家。そこに待っていた「変わり果てた妻」。雨月の宮木は霊となっていたのだったが現代の宮木は…。宮木だけではない。若き日の痛みを抱えて生きるコンサートミストレスも、永い眠りについた「やまね」も、聖女の中年女性も。上田秋成の「雨月物語」の切なさは怪異の向こうにあったが、篠田節子「ミストレス」のそれは官能の果てにある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本小説
感想投稿日 : 2014年5月18日
読了日 : 2014年5月16日
本棚登録日 : 2014年5月18日

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