本は死なない Amazonキンドル開発者が語る「読書の未来」

  • 講談社 (2014年6月19日発売)
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Kindle開発チームに居たエンジニアの人が書いた本は面白かった。グーテンベルク以来の画期的な発明を産み出したチームの中に居た人だからか臨場感が伝わってくる。

O著者紹介
ジェイソン・マーコスキーJason Merkoski
アマゾン社でキンドル開発(第1、第2世代)の極秘プロジェクトに現場責任者の一人として携わる。プロダクト・マネージャー、エンジニアリング・マネージャー、プログラムマネージャーなどを歴任した後、同社では初となるキンドルのエバンジェリスト(伝道者)も務めている。1972年ニュージャージー州生まれ。マサチューセッツ工科大学で理論数学とライティングを学んだ後、卒業後は小説執筆に打ち込む。2005年にアマゾンに入社、すぐにキンドル開発チームへ。アマゾンを退社後はグーグルのシニア・プロダクト・マネージャーに転身、2013年には新しいタイプの書籍検索サイト企業BookGenie451を設立、創業者兼CTO(最高技術責任者)として活動中、ITやEコマースの分野での職務経験は20年に及び、今日の電子書籍の発展に大きく貢献。趣味はハンモックに揺られながらの読書。

やがてマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学した私は、当初は物理学を専攻する。宇宙の仕組みに興味があったからだ。しかしその後、数学は宇宙だけに留まらず、もっと普遍的な学問であることを知り、私は専攻を変えることにした。数学は言語で言うところの「文法」 のように、「記号」を駆使してなにかを表現する。その意味では数学も言語の一種と言える 数学では物語を綴ることはできない。そのことに気付いた私は、新しい専攻 イティングを選んだ。 卒業後は10年間にわたり、仕事が終わった後や週末を使って小説の執筆を続けた。1930年代の大恐慌をテーマにした長大な小説だ。

グーテンベルクはアップルのスティーブ・ジョブズやアマゾンのジェフ・ベゾスと同じくら い仕事熱心だった。1ページに何行の文章を印刷すれば見た目の美しさとコストのバランスを取れるのか。行数を増やせば印刷ページ数は減らせるが、その分、読みにくくなってしまう。 そのようなことで数ヵ月も頭を悩ませ続けていたという。 興味深いのは、アマゾンの会議室でも連日、同じ問題が話し合われていたことだ。私たちがジェフと副社長たちを交えたそのミーティングに参加したとき、ジェフはキンドルの画面上 行の文章を表示すべきかについてずっと頭を悩ませていた(ミーティングが終割った後にジェフから届いた午前3時のメールにも、行数についての悩みが書かれていたほどだ)。電子書籍革命起こすには印刷技術にも変革が必要なのかもしれない。その意味でジェフやジョブスあるいはグーグルのエリック・シュミットといったIT業界の巨人たちは、数百年の時を隔てた グーテンベルクの生まれ変わりとも言える。

本の長所は自分のペースで楽しむことができる点だろう。急がず自分のペースで読み進め、 最初から最後まで順番に読む必要はないので、章を飛ばしたりすることもできる。 もちろん本にも短所はある。旅行中に何冊も持ち歩くのは難しいし、引っ越しの際に箱に詰めるのは苦労する。ページを開いて特定の箇所を探すのも難しい。経年劣化も激しく、かびが生えたり腐食したり、バラバラになってしまうこともある。

ジェフが読んだ本のタイトルを知ると、すぐに自分もその本を読むといった具合で、キンドルプロジェクトの時期には、ジェフの愛読書であるタングステンの歴史に関する本などが流行った。ジェフ信者の中で特に人気が高かったのは、「不確実性」をテ ーマとしたナシーム・タレブの名著『ブラック・スワン』だった。社員は例外なくジェフの資産やそのIQの高さを崇拝している。それは逆に言えば、面と向かって彼を笑ったり、考えを否定したりするような者はほぼ皆無だったのである。

グーテンベルクの発明が普遍性と革新性を兼ね備えた偉業だったのは間違いない。それはごくありふれた聖書だったが、紛れもなく美しく印刷された本だった。彼が意図していたわけではないが、 この発明によって宗教改革が始まり、読書は深く世間に浸透した。

ジェフは気取らない人間だ。前歯はものを噛んだ拍子に少しだけ欠けたらしい。身体は年々細身になっているようで、上質な青いスーツのサイズが徐々に合わなくなっているように見える。出会った頃には残っていた髪も、いつの間にか消失してしまった。高らかな笑い声は周りに伝染する力を持っており、誰もがつられて笑ってしまう。素敵な笑顔の持ち主だ。

私は書店が好きだ。ユーザーが匿名でやり取りするウェブとは違い、客と店側の人間が直接顔を合わせながら話をすることができる。

紙の本の表紙はその点で非常に優れている。表紙のデザインがここまで高度に発達し、心に響く芸術性を備えるまでに至ったのは、コストがほとんどかからない点が大きい。それでいて読書に鮮やか彩りを添えてくれる。いままでに読んだ本を思い返すとき、言葉や内容以前に、表紙が頭に浮かぶ人は多いはずだ。

私はバーンズ・アンド・ノーブルをはじめ、実店舗=リアル型の書店を愛している。1時間ほど店内を見て回ることができれば、それだけで充実した一日になる。

私たちはなぜ本を読むのだろうか?
本は「曖昧」なものだと私は思っている。たとえば19世紀を代表するイギリスの小説家ジョゼフ・コンラッドが著した『闇の奥』という作品をご存じだろうか。この本のテーマは非常にわかりにくい。評論家などがさまざまな解釈を発表しているが、いまだ確実に正解と言えるも かない。読書には一つの答えがあるわけではない。さまざまな解釈が考えられるしではいかない厄介なものだ。そんな読書に私たちが惹き付けられるのはなぜなのだろうか。

本には金銭では測れない価値もある。本がなければ、私たちは高価な腕時計やサングラスを身に付けることを学んだだけで、ほかはサルとさほど変わらない生き物だっただろう。私たちがすべての生物の頂点に立つことができたのは、本と言語、そして物語があったからこそである。本は手の届かない憧れの世界を教えてくれる。偉業を成し遂げる力を与えてくれる。人としての良識を教えてくれるし、友人や家族とは違った形で心が通じることもある。誰でも多大な影響を受けた本を何冊か持っているだろう。

読書はこれまで個人が一人で楽しむ文化であり、読書クラブのような活動も大きな流れを生むには至っていなかった。しかし現代では、読者や作者が国境を越えて本に関する議論を交わすことができる。チャット・ルームやフェイスブック、ツイッターで、誰もが本について話し合うことができる。電子書籍がきっかけになった動きと言えるだろう。まさに人と人とのつながりである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年8月3日
読了日 : 2023年8月3日
本棚登録日 : 2023年8月3日

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