・・・「あなたのお国の学校には宗教教育はない、とおっしゃるのですか」と、この尊敬すべき教授が質問した。「ありません」と私が答えるや否や、彼は打ち驚いて突然歩を止め、「宗教なし!どうして道徳教育を授けるのですか?」
・・・私は、私の正邪善悪の観念を形成している各種の要素の分析を始めてから、これらの観念を私の鼻腔に吹き込んだものは武士道であることをようやく見出したのである。
上記は本書第一版の序文からの引用ですが、著者(新渡戸稲造)と留学先の教授との会話の一幕です。これが、著者が本書を執筆したモチベーションだといって差し支えないと思います。
欧米においてはキリスト教が民衆の倫理観念の根底に位置するのに対し、日本においては武士道がその地位を占めることを、著者はあらゆる側面から詳述します。
上記経緯のためか、本書では武士道の諸特徴を聖書、ハムレットなどの文学、哲学(主にストア哲学)や古代ローマの逸話といった西洋思想との類似性に絡めて説明をします。この対比がとても面白いですし、西洋の価値観・倫理観との類似性を指摘することで日本人の振る舞いに共感を持ってもらおうとする著者の意図をひしひしと感じます。
またこの武士道の観念が日本人の行動でどのように発露されるのかを、実生活や(よく知られている)歴史の逸話をもとに語られるのでとても分かりやすいと感じました。
武士道の観念の歴史的な成り立ちについては『本当の武士道とは何か』(菅野覚明/PHP新書)を読んでおくとスッと入ってきます。
美徳(仁・義・忠など)や名誉、それらの葛藤の説明は『菊と刀』(ルース・ベネディクト)を読むとしっくりときます。
実生活における武士道に根差した振る舞いは、例えば『ある明治人の記録(会津人柴五郎の遺書)』(石光真人編著/中公新書)を読むと、その厳格さをうかがい知ることができると思います。
関連する様々な書籍と組み合わせて読むのがおすすめだと感じました。
本書終盤で著者は、日本人の美徳の土台をなした武士道が近代化の流れの中で失われつつあることに慨嘆しつつも、「武士道は倫理の掟としては消ゆるかもしれない、・・・しかしその光明、その栄光は、・・・シンボルとする花のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう。」と締めくくります。
著者が今の日本を眺めたなら果たして何を思うだろうか、とちょっぴり考えましたね。
- 感想投稿日 : 2022年2月20日
- 読了日 : 2022年2月20日
- 本棚登録日 : 2019年7月8日
みんなの感想をみる