空白の叫び 上 (文春文庫 ぬ 1-4)

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  • 文藝春秋 (2010年6月10日発売)
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少年犯罪に手を染める三人の少年を描いた物語。上巻ではそれぞれの少年の生い立ちと罪を犯すまでの経緯が、中巻では少年院での生活が、下巻では出所後の出来事が語られている。

少年犯罪について描いた作品は数多くあるけれど、本作はその中でも特に素晴らしいものだと思う。ただ、誤解を恐れずに言えば、この作品の核心は上巻にすべて詰まっていて、中巻・下巻はある意味、補足のようなものであると思う。

少年犯罪を扱ったどの作品を読んでみても、力点が置かれているのは少年の心理描写であることが多い。それはやはり、「なぜ普通の少年が殺人を犯すのか?」という疑問が、読者がもっとも知りたい点であるからだろう。

この作品の上巻では、文庫本丸々一冊分を使って、三人が殺人を犯すに至るまでの心理状況が詳細・克明に語られている。しかもそれは、普通のミステリー・サスペンス小説では考えられないほどの分量である。三人の少年が何を見て、何を聞いて、それに対して何を感じたのか。

それを冗長に感じる読者もいるかも知れない。なぜならば、「これが彼らを犯罪へと向かわせたのだ」といえるような出来事が明確に示されるわけではないからだ。おいおい、一巻も使っておいて結局何も分かってないのかよ?とツッコミを受けそうである。

しかし、それは違う。本作を読んだのであれば、少年達がなぜ殺人などという残酷な行為をしたのかが分かるようになるはずだ。ただそれは、「痴情の縺れ」とか「キれた」とか、そういう一文で表すことができるような性質のものではないというだけの話だ。

さっきも書いたようにこの作品では、少年達の感情、彼らが見たり聞いたりしたものの、彼らを取り巻く環境などの描写の量が半端ではない。一つ一つの要素を取り上げてみても何かが理解できるわけではない。しかし、それらすべての要素を読み終わり、目の前に積みあがった彼らの内面と直面したとき、我々はなんとなく直感することになる。

あぁ、犯罪者だ。と。

親切な小説でも分かりやすい小説でもない。ついでに言えば救いもない。ただ、少年達の胸の中で高く積みあがったどす黒い「何か」を感じようとすることは、少年犯罪を理解する上で欠かせないのではないかと思う。

テレビに出て、なんでも知っているような顔をして話すコメンテータは好き勝手なことを言う。
「親が悪い」
「社会が悪い」
「テレビゲームが悪い」
きっと、それは一つ一つは間違っているわけではないのだろう。非行へ走った要因の一つであるのは確かなのかもしれない。ただ、それらの言葉は余りに不十分すぎる。それだけが原因ではあり得ないだろう。少なくとも、コメンテーターに与えられた数分の時間で言い切ることは不可能なはずだ。

それでもやっぱり私達は簡潔で分かりやすい原因を探そうとしてしまう。そっちの方が楽だから。親が悪いのなら「やっぱり犯罪者の親はちょっとおかしいよね」と言えばいいし、社会が悪いのなら「今の社会はおかしい!」と文句を言うだけで私達の義務は達成されてしまう。そして翻って自分のことを「私は悪い社会には影響されず、親も普通の人だから、私は犯罪者にはならない。」という結論を出すことができてしまう。

本作は、そういった社会の風潮に警鐘を鳴らすような作品だと思う。私も彼も彼女もみんな、明確な原因などなく、社会のせいでも親のせいでもゲームのせいでもなく、いままでの人生の積み重ねの結果、たまたま、なんとなく、ある日突然と、人を殺してしまうということが、実はあり得る。

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感想投稿日 : 2011年4月13日
本棚登録日 : 2011年3月1日

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