第2次世界大戦がはじまる前、当時の中央気象台は軍による統制を受けることになり、真珠湾攻撃における気象予報も行った。戦時は人員も拡大し、軍事に資する気象予報を行う。
昭和20年8月1日には、中央気象台が大本営に組み込まれ、大本営気象部となる発令がでるはずだったが、ポツダム宣言の諾否にかかる調整で二の次のなるなか、原子爆弾が広島と長崎に落とされる。
終戦後、通信事情が悪くなったこともあり、気象電報の入電がほとんど止まってしまう。8月17日午前6時の入電は、前橋の熊谷の2地点だけという状態であった。
これでは天気図が書けるわけもなく、空白の天気図が残されている。しかし、8月22日には気象管制が解除され、NHKラジオ放送も再び再開された。
その後、9月17日にのちに枕崎台風と呼ばれる大型台風が九州、中国を横断して日本海に出たのち、奥羽を横断して太平洋に出た。この台風による災害が九州ではなく「広島県の死傷不明3066名を初とし」であったのはなぜか。これが、本書の導入。
「天気図の空白は、歴史の空白ではないかと感じた。記録を残すことが将来の災害、戦争、核戦争を防ぐうえで大きな役割を果たすと考えた。」と著者は述べている。
忘れてはいけない歴史が、本書にある。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
気象・防災
- 感想投稿日 : 2023年4月16日
- 読了日 : 2023年4月16日
- 本棚登録日 : 2023年4月16日
みんなの感想をみる