The Big Short: Inside the Doomsday Machine

著者 :
  • W W Norton & Co Inc
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感想 : 2
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  • Amazon.co.jp ・本 (266ページ)
  • / ISBN・EAN: 8600007180181

感想・レビュー・書評

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  • 米住宅ローン市場崩壊の可能性を予見し、それに賭けた男達の物語を紡いだ本。

    こういったノンフィクションに期待することは2つ:

    ①その時間、その場所にいた個々の人間が、何を感じ、何を考え、結果何をした連中であったか、をトータルな雰囲気として伝えること。つまりは、個の描写。

    ②集団が、どのような内的プロセスで動作し、どのような力学で相互作用した結果、何が起こったか、を、全体を俯瞰する形で伝えること。つまりは、システムの描写。

    本書は①、②がバランス良く含まれている。

    ①に関して言えば、近視眼的な大勢に反抗する個人の在り様が良く描かれている。

    明らかに持続不可能な詐欺まがいの貸出を行っていながら、市場の堅調な推移を不可侵の前提とする住宅ローン業界。その綻びをそれぞれ別個に発見し、恐る恐るショートし始める本書の主要登場人物達。ゼロベースで論理的に考えれば崩壊は確実なのに、どういうわけか誰もその見方に同意しない。「もしかして、カモにされているのは自分達ではないか?」という疑心暗鬼、周囲の嘲笑、CDSのプレミアムとして流出していく資金、信用してくれない顧客からの罵声。少数派に対する風当たりはこれでもかというほど厳しい。破滅を予言するような、縁起でもない連中なら、尚更だ。

    これに耐えられる人間は少ない。だから、彼らは皆、極度の変人だ(Michael Lewisが変人好きで、変人ばかりをピックアップする傾向があることも否定できないが)。人と会うことを嫌がり、ひたすら自室に籠ってトレードするアスペルガー持ちの元脳外科医。人の機嫌を損ねる天賦の才を持つ元弁護士。度を越して正直であるが故に、却って極度の不信感を抱かせるフロートレーダー。

    敵対的環境にひたすら耐えて、ついに予言が現実になった時、程度の差こそあれ、主要登場人物は皆大金持ちになった。しかしそれは、通り一遍のハッピーエンドではない。ある者は屍累々の惨状を目にし、憤った。ある者は顧客との関係に破綻をきたし、心に大きな傷を抱えて引退した。ある者は組織の自分に対する評価に失望し、後に長年勤めた会社を去った。ある者はストレスのあまり体調を崩し、病院送りになった。

    一方、この惨状を引き起こした大金持ち達は、舞台から引き摺り下ろされはしたが、それまでの報酬はそのままに、多額の退職金を手に入れ、さらに大金持ちになった。

    ②に関して言えば、本書は一つの明確なスタンスを持っている:今回の危機が、近視眼的姿勢、知的怠惰、そして責任転嫁によって引き起こされたと示すことだ。

    住宅ローン融資業者が、ローンをひとまとめにして投資銀行に売る。投資銀行はローンをさらにまとめて様々なCDO (住宅ローンとクレジットカードローンと諸種の固定資産リース料を混ぜ合わせて作ったCDO、CDOを混ぜて作ったCDO、CDOを混ぜて作ったCDOを混ぜて作ったCDO、CDOのCDSから作られたCDO、などを含む)を作り、諸種の機関投資家に売る。諸種の機関投資家は、CDOの中身など気に留めず(気にしてもどうせ何がなんだか全く理解できない)、例によって利回りと格付けのみを見て、CDOを買い合わさる。格付け機関は、投資銀行からもらったモデルでCDOを評価し(当然高格付けが出る)、高格付けを連発する(CDOの中身?知らない。だって中身の詳細を誰も寄こしてくれないんだもの)。
    こうして、皆が責任を互いに転嫁し合った結果、損益に対する規律が緩んだ。規律が緩んだ結果、皆リスクに鈍感になり、やがてリスクをバイサイドに転嫁していたはずのセルサイドさえもリスクを負うようになった。
    結果は、必然的な市場崩壊と、業界全体に渡る超巨大損失だった。


    以上が、Michael Lewisの饒舌な語り口に乗って紡がれ、物語としても、ノンフィクションとしても楽しめる内容として描かれている。
    ただし、②のメッセージが明確な分、少々説教臭さが否めない他、CDSやCDOが何かを説明できる程度に業界に明るい人間にとって、新鮮味のある情報はそれほどない。
    よって☆4つ。

    おまけ:以下、個人的に特に興味深かった点を記述。

    【流動性について】

    CDSのように流動性が低い商品も、頑張れば個人で取引できる。但し、流動性が低いので市場価格がほぼなく、中間業者(基本的に投資銀行)が好き勝手に言い値をふっかけてくるので、危険。

    【タイミングについて】

    常識だが、いくら強調しても強調しすぎることはない。市場の方向性を予知できても、タイミングを誤ると、予知したことが実現する前に死ぬ。特に逆張りをしている場合、実現するまで大変な苦痛を味わうのを覚悟しなければならない。

    【モデルとリスク管理、上層部の責任について】

    特定商品のプライシングモデルは担当クオンツが作る。トレーダーは必ずしもモデルを十分に把握していない。よって、市場環境が明らかにモデルの前提を満たしていなくても、それを知らずにトレードしてしまうことが起こりうる。商品に流動性がなく、市場価格が付かない場合は特に危険。銀行ごとに評価価格に20%以上の差がつくなんてことも。当事者のトレーダーですら理解できないのだから、上層部なんて尚更、何も把握していない。
    要は、これだけ金融商品が複雑化すると、上層部の管理が行き届く内部統制を利かせるのはほぼ無理と言って良い。

    【ヘッジファンドと人間関係について】

    人間とのやりとりが非常に苦手な代わりに、類まれな論理性と分析力を持つ、アスペ持ちの元脳外科医、マイケル・バーリは、当初、ヘッジファンド運営を自身の天職と感じる。
    ところが「客観的な視点の下、正しい戦略を実行し、金を稼いでりゃ文句ねぇだろ」を地で行く振る舞いをした結果、顧客との関係に破綻をきたした。だれよりも早く米住宅ローン市場の崩壊を予見し、正しい方法でベットしたのに、資金を引き揚げられまくり、ジョン・ポールソンに遠く及ばない収益に甘んじ、元々得意じゃない人間とのやり取りに心底疲れ果て、心に大きな傷を抱えて引退。

    ここから得られる教訓は:
    ヘッジファンド運営もサービス業。

    実際、命の次に金が大事と結構本気で思ってるような連中の、正に金を預かるわけだから。卑屈になれとは言わないまでも、顧客の感情に極力配慮した行動を取らないと、締め出される。
    結局、一般のサービス業との違いは、大勢と軽く握手するか、非常に限られた少数と、互いに相手の手を握りつぶすくらい強く握手するかの違いだけであって、握手量(= 回数×一回あたり握力)は変わらない、といったところか。
    重度のアスペは、自己資金の運用で我慢したほうが良いと思われる。

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