- Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000023580
作品紹介・あらすじ
イエス物語最大の負の造型に、私たちは何を読み取るべきなのだろうか。最初の福音書記者マルコと古伝承とは、復活のイエスに再会するユダを前提にしていた、すなわちこの「裏切り者」、もっとも穢れた者も救いにあずかることを想定していたのではないか。この仮説の根拠を求めて、四福音書から『ユダの福音書』まで、ユダ像の変容を追う。イエスの十字架によっても救われざる者とは、いったい誰か。私たちの内に棲む「裏切り」を一身に担わされた像の成立には、原始キリスト教のどのような思想的・政治的ダイナミックスが隠されているのだろうか。
感想・レビュー・書評
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内容が薄く読む必要はなかった気もするが、後半の、ユダに
関する図像をまとめた部分は興味深かった詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ユダとは、どういう存在だったのか。 キリストを裏切り、ユダヤ教徒やローマ人に引き渡したユダは、以後ずっと裏切り者として糾弾され続けてきた。 しかしユダの裏切りがなければ、十字架上でのキリストの御業は成し遂げられなかった。 その筋書きは神によってあらかじめ定められたものであり、イエスもそれ向かって自覚的に歩んでゆく。 福音書のストーリーに不可欠な役割を果たし、12使徒のひとりでありながらも、複雑な捉え方をされているユダの実像に迫る。
新約聖書に含まれる4つの福音書、それぞれにおけるユダ像を比較。 ユダに対しても赦しは与えられたのか。 福音書成立の年代が下がるごとに、裏切り者としてのユダへの論調は厳しくなってゆく。 近年時を超えて現れた、グノーシス派による「ユダの福音書」におけるユダ像も検討する。 その上で、イエスに対する裏切りという史的事象は認めざるを得ず、しかしその位置づけは結局あいまいなままのように思われる。
付録されている、石原綱成氏による「ユダの図像学」も興味深い。 図版が白黒なのは残念。 -
「ダ・ヴィンチ・コード」や「ユダの福音書」の騒ぎをふまえたうえで、そのようなジャーナリスティックな関心とは距離を置き、共観福音書や使徒教父文書や新約聖書外典などに記される「ユダ」像を整理し、あらためて「歴史の中のユダ」について考察した労作。
「ユダの福音書」本文の和訳は、筆者である荒井献氏により手が入れられている。
一般向けの本でありながら、内容的には専門書・研究書としてのレベルがある。
必読。
目次
ユダの共観表
1 原始キリスト教とユダ(イスカリオテのユダ―名称の由来とその意味
イエスとの再会―マルコ福音書のユダ
銀貨三十枚の値打ち―マタイ福音書のユダ
裏切りと神の計画―ルカ文書のユダ
盗人にして悪魔―ヨハネ福音書のユダ)
2 使徒教父文書・新約聖書外典と『ユダの福音書』のユダ(正統と異端の境―使徒教父文書と新約聖書外典のユダ
十三番目のダイモーン―『ユダの福音書』読解)
3 ユダとは誰か(歴史の中のユダ)
ユダの図像学 -
毎日新聞2007.7.1