ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (330ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000222440

作品紹介・あらすじ

ロシア国境からわずか八〇〇メートルの寒村、首都キーウ、虐殺の地ブチャ、包囲された街、犠牲の爪痕――戦闘と日常が交差する銃後なきウクライナ。新聞社で欧州報道を長らく担当してきた記者が、現地で見た光景を記録するとともに、この戦争で問われた課題を、豊富な取材経験を元に遠距離から見つめ考察する必読書。

感想・レビュー・書評

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  • 「近景と遠景」という題名に惹かれて本書を手にした。そして紐解いてみたが、有益な読書体験が出来たと思う。何かで発表されたモノを纏めたという程でもなく、2023年夏頃の時点で書き下ろしたという一冊である。
    著者は新聞社の仕事に携わっている。ウクライナの動きが大きな事になってしまった2022年頃、著者はロンドンの支局に在って、欧州各国のニュース取材を担う立場で、ウクライナには2022年を通じて何度も入っている。その見聞や考察を纏めようとしたのが本書である。
    惹かれた題名の「近景と遠景」だが、読了してみて益々判ったという感である。何度も現地のウクライナを訪ね、気になった事象に関しては「日本人の記者という人が毎日来ているよ…」という話しになる程度に何度も関係者に会って話しを聴いている。そうやって事情を把握して理解を深めたというのが「近景」である。本書の各々の叙述は、なかなかに迫るものが在る。そうした「近景」を見詰め続けながら、考察をする部分が「遠景」である。
    本書の内容の一部に、著者の知り得る様々な国々の人達の発表している論や、会って話しを聴いた人達の談も在る。が、大半は概ね時系列に沿って、ウクライナに入り、出逢った人達の談や、そこから浮かんだ「伝えられ、同時に伝えられ切っているでもないかもしれない」という感の出来事ということになる。何か、大変な事態の中に身を投じる結果となった人の、日記文学的な色彩を感じないでもない、何処となく回顧録という雰囲気迄も漂う内容だと思った。そこに引き込まれながら、頁を繰る手が停められなくなって素早く読了に至ったのだ。
    「特定軍事行動」という言い方が在った。或いは現在でも使っているであろうか?ロシア語を訳して「特別軍事作戦」という言い方を耳にすることが多かったが、あのロシア語について「“戦争”ではない」と主張していた辺りから、寧ろ「特定軍事行動」とでもする方が妥当と考え、個人的にはそう解釈しているのだが。この「特定軍事行動」というのが「侵攻」とも言われていた。が、事態が継続する中で寧ろ「ロシア・ウクライナ戦争」とでも呼ぶ方が妥当かもしれないと見受けられるようになっている。本書でもそういうように纏められている。
    2022年2月段階で、ウクライナの政権は「私達はここに在る」とアピールし、大統領や主要閣僚が国外脱出のようなことはせず、侵攻を受けてしまった事態に何とか抗うと強い意思表示をした。それが「何とかしなければならない」という動きを生み出した面が在る。「侵攻を受けてしまった側」に手を差し伸べようという諸国の人達による支援の受け皿としての政権が維持された訳だ。
    そして事態は進むに連れて変質した。侵入したロシア軍が居座った街で「住民の虐殺?!」という事態が生じた。人口が一定程度集積している場所で砲弾が飛び交う等で犠牲が生じたというのでもない。無残な暴力で生命を落としてしまったという事例が生じたのだ。これにより「侵攻した側、侵攻された側」ということに留まらず「惨い暴力を振るった側、振るわれた側」というように、事態の“質”が変わってしまった訳だ。更に、こういうように“質”が変わってしまって以降だけでもかなり時間は経ってしまっていると言えるかもしれない。
    本書では「現場」を歩いて人々の話しに耳を傾けた中、「戦禍で生命が損なわれることへの嘆きと悲しみ」に留まらず、「無法への憤り」が渦巻いているということが紹介されている。
    「嘆きと悲しみ」に留まらずに「憤り」が渦巻くというのは「近景」に相当すると思う。「遠景」に相当する事柄として、この「ロシア・ウクライナ戦争」という事態を通じて、“戦争”を“認識”する場合の“性格”、“質”が大きく変わった可能性が示唆されている。
    “戦争”とでも聞けば、何処かの国の軍隊や、何らかの武装組織が兵器を使って交戦するという様子を真っ先に思い浮かべる。が、そういう辺りで「収まらない何か」が在る。最近は「惨殺」というような様子が比較的簡単に世界中に伝わるようにもなり、“戦争”が「人間が人間を踏み躙る惨い事」という意識が高まっているのかもしれない。そうしたことが、戦いそのものの出口を見出し悪くしてしまっている面が在るのかもしれない。
    殆ど丸一年近くの間に、何度もウクライナに入って、都度毎の様子が綴られている本書の内容は貴重だ。開戦後に人々の避難が拡がり、それが一部は戻りというような動き、戦禍で電力供給に困難が生じ、そうした中で堪える人々というような様子が綴られる。更に、居合わせた建物がミサイルを被弾という生々しい経験談も在った。
    こういう現地の様子に関しては、何かで現地に入った方には随時御伝え願いたい感ではある。最近は、激戦地の他方で、一定程度落ち着いた都市も増えているやに聞くが、様子は判らない。正直、「何か妙な様子は?」と時々ニュースはチェックしてしまう。
    「侵攻を受けてしまった事態に何とか抗うと強い意思」で、事態は長期化して来ている。何やら混迷しているように見えるが、方々で破壊が進んでしまい、地域社会が崩れてしまい、ウクライナの将来が擦り減らされてしまっているというような様子も在るのかもしれないと、彼の地の様子を聞く都度に思う。今や「正義」を追うというような様相で、「出口」は益々見出し悪いかもしれないが、それでも「出口」を探らなければならないのであろう。
    勿論、本書があらゆることを網羅しているとも思わない。が、正に「近景」を詳述し、更に「遠景」を語るとい本書は非常に有益であると思う。「ロシア・ウクライナ戦争」は進行中の大変な事態で、場合によって更に長期化もする可能性が高く、俄かに起きな動きが在ったとしても、次の局面への道程は長くなりそうな事案である。故に、この種の内容は広く読まれなければならないというように思う。御薦めしたい。

  • 東2法経図・6F開架:319.3A/Ku45r//K

  • これは…すごい本でした。
    国内はもちろん、できれば世界中で読まれて欲しいです。
    特に、丹念な取材でキーウ近郊の虐殺事件に迫る第5章「戦闘と平和のはざま―イワナフランカ」が圧巻。淡々とした筆致に凄みがあります。
    極限状態における人間の愚かさとそれをユーモアにできてしまう強さ、両方に打ちのめされました。

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/570544

  •  侵攻直前から2023年初までの約一年のウクライナ現地取材記を中心に、識者インタビュー等による背景分析も。特にブチャのイワナフランカ通り住民で殺害された人、免れた人の模様は生々しい。
     特に印象的な点。侵攻前東部住民の「露は乳牛のようなもの」発言のように、親露・露人・露語話者の複雑な関係。露軍の部隊ごとの粗暴さの差異。本戦争が露・宇それぞれにもたらす変化の可能性。ICC訴訟の動向。そして必ずしも一致しない「平和」と「正義」。

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著者プロフィール

国末憲人(くにすえ・のりと)
朝日新聞ヨーロッパ総局長。1963年岡山県生まれ。1985年大阪大学卒。1987年パリ第2大学新聞研究所を中退し、朝日新聞社に入社。パリ支局員、パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長などを経て現職。著書に『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(以上、草思社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(以上、新潮社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『ポピュリズムと欧州動乱』(講談社)などがある。

「2019年 『テロリストの誕生』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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