ユダヤ教のタルムードの記述をもとに、ユダヤ教セクトの創始者としてのイエスが、どのような知識のもとに、ラビたちにどのように受け止められ、ユダヤ教伝承として再構成・記述されたのかを探っている本。史的事実の解明を主眼にするのではなく、あくまでその記述の意図と背景に迫るというのが面白い。タルムードでイエスについて言及されているのも知らなかったので、勉強になった。
意外にもラビたちの新約聖書の知識自体は正確であり、タルムードの記述が一見荒唐無稽な作り話や偏見・中傷に見えても、キリスト教の信仰の核心やモチーフをきっちり反駁し反転させている、という著者の解き明かしはお見事。イエスが地獄で煮えたぎる糞尿の中で座っている責め苦にある、という一読して謎のエピソードが聖体拝領と永遠の命という教義に対するユダヤ教の反駁であり、イエスの(ユダヤ教的)罪に対する正確な罰であるというのはなるほど納得だった。淫売の息子、魔術師にして偶像崇拝をそそのかす大罪人イエスを殺してやったのは当然のことだ、というユダヤ人ラビの認識がキリスト教徒の聖書記述・歴史認識に乗っかりつつ綺麗に反転しているのも(考えてみれば当然のようだが)面白いと思った。