特捜検察は必要か

制作 : 江川 紹子 
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000258067

作品紹介・あらすじ

特捜検事が証拠改ざん容疑で逮捕された。この事件の背景には何があるのか。特捜部のこれまでの輝かしい歴史は、「神話」に過ぎなかったのか。検察組織をどのように改革すべきなのか。論客たちが多角的に検討、発言する。

感想・レビュー・書評

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  •  去年発覚した大阪地検特捜部の証拠改竄事件。これを機に検察の見直し論が喧しい。検事個人の逸脱行為と評する元特捜のヤメ検もいるようだが,全然説得力無いなぁ。こりゃ組織の体質の問題でしょう。
     本書は,検察問題に対する,ジャーナリスト,ヤメ検,学者たちによる,それぞれの立場からの論考を集め,座談会も収録。個人的には特捜の歴史を簡潔にまとめた郷原信郎の第二章がおもしろかった。やはりどんな組織でも歴史を通してその実態が形作られてきたんだからね。
     旧軍の軍事物資の横流しなんかの隠退蔵事件を捜査する部署が特捜の前身。その後,1948年の昭電疑獄などを通して政治検察の性格を強め,1954年の造船疑獄で一躍脚光を浴びる。この事件では,佐藤栄作の逮捕が,犬養法務相の指揮権発動により阻止され,世論の批判を招いた。
     政権批判の高まりで,吉田首相はやむなく退陣。一方検察は大きな同情を集め,国民全体が検察の応援団と化した。検察の権限行使は政治が介入してはならない不可侵なもの,という不文律が形成され,法務大臣の指揮権は封印されてしまう。
     実は造船疑獄はかなり無理筋で,検察側から大臣に指揮権発動要請があったという話もあるが,ともかく検察は正義になった。そしてロッキード事件捜査。このあたりが特捜検察の絶頂期。その後ゆっくりとではあるが,国民からの大きすぎる期待に応えるのが困難になっていく。
     1992年の東京佐川急便事件では,金丸氏の逮捕を断念。世の中から厳しい批判,非難を受ける。検察庁の看板には国民からペンキが投げつけられた。この頃には,検察が法的に許される最大限の仕事をしても,政治家の摘発をすることは容易でなくなっていた。
     これを機に,検察は世論を極度に警戒することとなり,時にはマスコミへのリークによる世論操作で,事件を有利に進める傾向が強くなっていく。2006年には,ライブドア事件,村上ファンド事件など,経済犯罪を摘発していくが,旧来の特捜の組織,手法はこういった事案に適合しておらず,結局「大山鳴動して鼠一匹」ということになる。特捜検察は迷走していた。そこへ2010年の郵便不正事件。中央官庁の現役局長の逮捕にまで踏み切るが,公判で証言が次々翻り,検面調書がことごとく不採用となって無罪判決に終わる。そのあとには改竄事件が発覚。
     過去の成功体験が大きすぎて,無理な捜査が常態化していたんだろう。政治家も小粒になり,そもそも巨悪の存在が怪しくなってきた。検察の権威も揺らいでおり,供述が得にくい。その割に検察,特に特捜部にはトップエリートの検事が集められ,成果を出さなくてはならない。
     そんな強烈なプレッシャーのなか,無理な取調や,証拠の改竄が起こってしまった。特にまずいのが,特捜の独自捜査だろう。捜査から公判まですべて検察で行なうやり方では,一度逮捕でもしたらあとは引き返せない。後からストーリーに綻びができても,ムリヤリ突き進んでしまう。
     裁判所の調書偏重の慣習も,無理な取調べを助長した。「精密司法」と言うけれど,それは公表されている部分の整合性が完璧ということに過ぎない。その完璧性を保つため,様々な「工夫」がなされている。調書は検事の作文。検察に不利な証拠は隠され,ひどい時には改竄される。
     検察の改革にはやはり取調の可視化が必要なんじゃないかな。あと,特捜が検察の花形,検事の憧れであったために,プレッシャーが違法な取調を招き,その傾向が検察全体に広がっていた面がある。今,特捜の評判が地に落ちたことは,かえって検察のためにはいいのかもしれないね。

  • 郵便不正事件で逮捕された大坪大阪地検前特捜部長の釈放会見での一言「検察の威信のために、ただその一点のみに自分の努力を傾注し、勤務してまいりました」。真相を究明することでも、人権を守ることでもなかったのね。この一言がとても象徴的。

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