デモクラシー (思考のフロンティア)

  • 岩波書店 (2000年3月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784000264280

みんなの感想まとめ

民主主義の本質を探る本書は、古代ギリシアの直接民主制と近代ヨーロッパの間接民主制の対比を通じて、民主主義の根幹にある精神の違いを明らかにします。特に、近代日本の政治思想史における「リベルテ・モラル」の...

感想・レビュー・書評

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  • 冷戦終結後の2000年に「民主主義とは何か」が問われていた時代に刊行されたもの。当時としてはそれなりの意義があったように思われるが、現代に至ってはさらにメタレベルでの議論が展開されている。
    だからと言って、当時の問題提起に意味がないということはなく、「思想史的」にはそれなりの意義があるように思える。

  • 前半は、古代ギリシアの直接民主制と近代ヨーロッパの間接民主制を対比的に考察し、それぞれの根幹をなす精神に大きな違いがあることが明らかにされます。

    後半は、近代日本の政治思想史上の中に、「リベルテ・モラル」の系譜が描き出されています。取り上げられている思想家は、中江兆民、吉野作造、石橋湛山、丸山眞男などです。

    本書の特徴として、チャールズ・テイラーがコミュニタリアニズムの立場からおこなった、アイデンティティの承認をめぐる議論を参照することで、主題となっている「リベルテ・モラル」のエートスを現代の政治哲学の立場から補強するとともに、近年国民国家論者として批判を浴びたことが記憶に新しい丸山の思想の意義を改めて評価しているということが、あげられるように思います。

    安易な流行思想となってしまった「ポスト・コロニアル」の観点からの丸山批判に底の浅さを感じてしまうこともありますし、丸山の考える骨太の主体性に関する考察にはまだまだ学ぶべきことも多いようにも思います。とはいえ、「リベルテ・モラル」をめぐる本書の議論には、アプリオリズムの危険性がつきまとっているのではないかという疑念が頭をもたげてきたのも事実です。そういう意味では、本書において描き出されている中江兆民以降の「リベルテ・モラル」の系譜を、もう一度近代日本政治思想史の中に埋め戻していくような作業がなされるべきなのではないかという気がします。

  • デモクラシーってなんぞや。ギリシア、ローマから現代の討議型デモクラシーまで短くまとめてあった。

  • 読書中。

  • 「デモクラシーの基本問題に関して、表現と内容の双方で政治学の
    初心者にも理解しやすい平易な論述」をした、入門書。

    「デモクラシー」に関する有名な理論を紹介しつつ、今日の
    「デモクラシー」への期待感を結果として表明している。と思う。
    自由とは、選択の可能性が無限に広がっていることと同時に、
    「正しい選択をなす行為それ自体ならびにその適切な選択の帰結
    である良心の安らぎや確信―まさにリベルテ・モラル―の次元」
    (p66)、つまり「選択が正しい選択であると知ることから生じる
    自由」であると定義する。
    そして、その後者の自由の根拠を、近代において何に求めるべきか
    という回答を問うべきだと提唱している。

    しかしなんらかの共同体の「承認の自由」への要求が世界的に高まって
    いる現代においても、やはりというべきか、丸山真男のいう「主体的」
    人民の確立こそに「民主主義革命の完遂」のための答えを求めてしまう
    ところに、政治学の一抹の苦しさみたいなものを感じてしまうのだ。

    戦後、試行錯誤しながら論じられてきた「主体的」人民の確立の手法が、
    結局はアトミズム的な個人の確立と表裏一体であり、しかもアトミズム的
    個人が横行したという印象が広く蔓延している世界の中で、結局はどこま
    で有効なのだろうか。

    あるいは「承認の自由」への要求が大きくなる=なんらかの共同体単位
    での「主体性」が重視される現在の状況において、どこまで「主体的」
    人民の追及の可能性が有効たりえるのだろうか。
    (しかもホブズボームが『ナショナリズムの歴史と現在』で言及している
    スペインのカタルーニャの非独立傾向=国民国家内に止まって「承認の
    自由」を求めるような状況が各国に生じている<=「承認の自由」要求の
    強化>ような現代においてをや!)

    すくなくとも、「主体的」人民を確立させる方向性が、手法的には
    行き詰っているからこそ、「承認の自由」的な発想が生まれ出ている
    のではないかという気がしてならない。
    そこに、現代の政治学のアポリアが存在しているのではないだろうか。

    と、外野からは見えてしまってしょうがない。

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