なぜ蚊は人を襲うのか (岩波科学ライブラリー)

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  • Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000296519

作品紹介・あらすじ

オスと交配したメス蚊だけがまさに人を襲うバンパイアと化し、ときに恐るべき病原体を人の体内に注入。吸血された人を"患者"というものに変えてしまう。アフリカの大地で巨大蚊柱と格闘し、アマゾンでは牛に群がる蚊を追う。かたや研究室で万単位の蚊を飼育。そんな著者だからこそ語れる蚊の知られざる奇妙な生態の数々。

感想・レビュー・書評

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  • 夏。耳元でぷ~んと飛ぶ、うるさいヤツらの季節だ。
    うるさいだけではない。ちくっとヤツらに刺された跡は、ぷくっとふくれあがり、「ああー、痒い痒い痒い痒いっ!!」 痒さや羽音で安眠を妨害される人も少なくない。
    そう、6本足のヤツら=蚊である。

    近年、この蚊が多くの病気の運び屋になることが注目されてきている。一昨年、日本国内で流行したデング熱により、発生源と思われる公園で蚊が大規模に駆除されたニュースは記憶に新しい。デング熱だけではない。マラリア、フィラリア症、日本脳炎、西ナイル熱、そして最近話題のジカ熱など、蚊が媒介する病気はかなりの数に上る。
    痒いし、うるさいし、病気の元だなんて、蚊なんていなくなればいいのに、と思っても、ことはそう簡単ではない。蚊を完全に駆除することは極めて難しい。さまざまな手法が試されてきているが、成功にはほど遠い。
    生態系の中で、本当に蚊を除いてもよいのかという別の問題もある。
    そもそも病原体に関しては、蚊の方だって好きこのんで運んでいるわけではない。彼らもまた、病原体に勝手に乗り込まれた被害者という見方も出来るのだ。
    そんな彼らについて少しディープに知ってみようというのが、今回の1冊である。

    本書は、「蚊をどう駆除するか」「蚊に刺されないためにはどうすればよいか」の対策本ではない。蚊がどのように獲物を見つけ、血を吸うか、その特異な生き方に関する、最先端の研究の話題が主である。身近な生きものながら、意外に知られていない蚊の生態。軽く読めるが、中身は濃い。
    著者は、病原体媒介節足動物の生物学が専門である。蚊やダニ、ハエなど、病原菌を運ぶ生きものを研究している。研究生活がどのようなものかも紹介されているが、こちらも相当ディープである。

    よく知られていることだろうが、蚊は常に吸血で栄養を得ているわけではない。産卵期の雌のみが吸血する。吸血のための蚊の口吻は非常に精緻で、針に差し込む刺針部は5つのパーツから出来ている。皮膚を切り裂くパーツが2つ、ストローに当たるパーツが1つ、血が固まらないようにする成分を含む唾液を送り込むパーツが2つである。
    花蜜などを吸う雄の口吻はもっと単純な作りになっている。
    獲物を見つけるセンサーもなかなか精巧で、二酸化炭素・匂い・熱を感知する。これら3つのうち、2つが存在すると、蚊は「獲物」と認識するようである。匂いは汗や足のにおいだが、蚊の研究者が集まる学会では
    「成人男性に靴下を履かせ、24時間脱がないよう指示しました。そのような靴下を26足集め・・・」
    といった発表が真面目になされているのだという。こうした匂いはヒトだけで作り上げているわけではなく、常在細菌が作る代謝産物も混ざった結果のものである。蚊はこうした手がかりを巧妙にキャッチする。
    蚊は、ヒトだけでなく、広く温血動物を(時には変温動物も)吸血対象とする。とはいえ、一般に、「好み」があり、通常はヒトを吸うもの、ウシを吸うもの、鳥類を吸うものとそれぞれである。だが、何らかの理由でそれまでの獲物が見つからなくなると、数世代掛けて、別の動物を吸血対象にする柔軟性を持つ。このあたりの柔軟性が感染症の担い手として役立ってしまうこともある。

    蚊に刺されると痒いのはなぜかといえば、花粉症同様、アレルギー反応のせいであるという。最初に蚊に刺されたときは反応は起きない。何度か刺されているうちに腫れて痒みを伴うようになる。これがさらに回数が増えるとどうなるかというと、驚くことにまったく反応しなくなるのだという。マラリアが流行する地域に住む人々は、大量の蚊に何度も何度も繰り返し刺されるうちに、蚊に反応しなくなっている。そうした地域で、戸や窓を閉め、暑苦しい蚊帳を吊り、こまめに虫除けを塗れ、と言っても、なかなか受け入れられないのはこうした理由もあるわけだ。

    さまざまな病原体を持つことがある蚊だが、自身は病気にならないのかという疑問がわく。
    蚊は単純な免疫機構しか持たないが、物理的に「城壁」のようなバリアがあり、体表や口から入った病原体が身体の奥深くに入り込むのを防いでいるようである。その他、病原体を呑み込む細胞が働いたり、病原体の遺伝子を攻撃する機構も持つが、完全に体内から病原体を排除しているようではない。
    防御反応にエネルギーを使わないようにしているのか、あるいは獲物を認識する際に、病原体が何らかの手助けをしているのか、2つの説があるが、詳しい解明はこれからのようである。

    蚊が媒介する病気を撲滅するためにはどうすればよいのだろう?
    DDTなどの殺虫剤で蚊自体を殺すもの、蚊帳や忌避剤を使って蚊に刺されないようにする策など、昔ながらの対策もあれば、蚊の遺伝子を改変して病原体を運ばないようにするという新たな対策もある。
    なかなかゴールは見えないが、蚊の性質をより深く知ることで、蚊自体でなく、病原体と戦う術が見えてくるかもしれない。
    そんな可能性も感じさせる1冊である。

  • 『ちいさい言語学者の冒険』『ゾンビ・パラサイト』に続いて三冊目に読んでみました岩波科学ライブラリー。
    ううむ、今回もなかなか面白かった。
    蚊が運ぶ伝染病の脅威を綴りつつ、蚊への愛情もまた見える、そんな一冊でした。

  • 130ページ程度で軽く読めるけど,蚊について大いに学べる良本。
    さすが研究者で,まえがきでいきなり蚊に“食事”を振る舞う話。蚊との触れあいを楽しんでる。
    “約2分、視線を逸らさずにじっくり見続けると、微動だにしない身体の一部に変化が表れます。お腹がゆっくりと血液で満たされ、大きくなっていくのです”

    あと,蚊の蛹は動くというのが意外すぎて,蚊の生活環の動画を探してしまった。完全変態なのか。
    "Mosquito life cycle" を YouTube で見る https://youtu.be/wFfO7f8Vr9c

    そして蛹って英語でピューパって言うんだ…(知らなかった)
    "Mosquito Pupa" を YouTube で見る https://youtu.be/8cvBVPVqdlM

    アラスカの蚊柱,十万匹単位というのがすごい。手で一回叩いて殺した数の世界記録が78匹だとか。p.73

    蚊は拡散力もすごい。
    ヒトスジシマカはアジア原産だが,欧米やアフリカにも定着した。この生息域拡大の犯人は日本の中古タイヤ輸出とされている(古タイヤは蚊の格好の繁殖場所)。日本では法規制のためできなかったトレッドゴム貼り替えによる再利用が,欧米では可能だったため,高度経済成長期にわんさか輸出されたという。

    蚊への愛があとがきにも溢れている。
    毎年何十万人も亡くなるマラリア等の原因にもかかわらず,共進化の末の美しい行為,と感じてしまうのは,やはり本心なんだろうな…
    “私は、蚊が血を吸うことは――とがめられることを承知で申し上げますが――大変美しい行為だと思っています”p.126

  • 【裏表紙紹介より】
    オスと交配したメス蚊だけがまさに人を襲うバンパイアと化し、ときに恐るべき病原体を人の体内に注入。吸血された人を《患者》というものに変えてしまう。アフリカの大地で巨大蚊柱と格闘し、アマゾンでは牛に群がる蚊を追う。かたや研究室で万単位の可を飼育。そんな著者だからこそ語れる蚊の知られざる奇妙な生体の数々。

    ・・・

    蚊が人間の血を吸うのは、産卵のためであり、オスの蚊は吸血しない。
    蚊に刺された跡がかゆいのは、かの唾液に含まれる、血液凝固を抑制する成分がかゆみを引き起こすからである。

    マラリアやフィラリア、デング熱など様々な重篤な疫病を媒介する「蚊」。蚊と病原菌の関係性が明らかになってからは「人類の敵」として見敵必殺の立場をとる人間に虐殺されてきた蚊。
    夜行性であるか、昼行性であるか、それぞれの蚊の性質の違いについて、アフリカの疫病が蔓延する地域では一晩に200カ所も刺されても「かゆくない」人がいる。その理由とは?
    蚊が獲物を探し当てるための手順とは。
    動物から吸血する蚊と人間から吸血する蚊のちがいは?
    どちらからも吸血する蚊は、どちらの血液の方が好き?
    病原菌を媒介する、とは言うけれど、病原菌が体内に侵入しても蚊は平気なの?
    現在の最新の「蚊」対策の姿とは。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/66277

  • 「なせ蚊は人を襲うのか」というタイトルですが、理由は本を読むまでもなく、繁殖(卵を産むため)ですね。それは分かっていましたが、、、
    吸血の理由だけではなく、蚊が媒介する感染症やその対策などが詳しく書いてあって、そっちの方が面白かったですね。人工遺伝子を組み込んだ蚊で、自然界にいる既存の蚊を置き換えてしまうとか、すごい話です。

  • ↓利用状況はこちらから↓
    https://mlib3.nit.ac.jp/webopac/BB00537100

  • 人間をもっとも多く殺した生き物は、どんな猛獣でも、人間そのものでもなく、「蚊」なんだそうだ。
    マラリアは今も世界中で猛威を奮っているし、最近ではデング熱が日本でも出た。日本脳炎や、アメリカのナイル熱も蚊が媒介するそうだ。考えてみると蚊って手強い。どこにでもいるし、撲滅するのはまず無理。あんなホコリみたいな生き物のくせに、人間様に穴あけて吸血するという極悪非道。しかも刺されないようにするのは難しい。なるほど蚊は人類の最強の敵だ。

    そのくせ蚊そのものに関心を持つ人は少ない。猛獣は動物園に見に行ったり、テレビで見たりするのに、「蚊」を見に行く人はいない。
    それでもちゃんと「蚊」の専門家はいるのだ、と少し安心した。減っているらしいのが気になるけれど。
    蚊が獲物を見つける方法や、伝染病を媒介する仕組みなど、一冊まるまる蚊について。お得だ。フィールドワークも興味深い。なかなかの名文で、読んでいて疲れない。

  • 大変面白かった

  • 配置場所:摂枚普通図書
    請求記号:486.9||K
    資料ID:95160543

    オスと交配したメス蚊だけがまさに人を襲うバンパイアと化し、ときに恐るべき病原体を人の体内に注入。吸血された人を“患者”というものに変えてしまう。アフリカの大地で巨大蚊柱と格闘し、アマゾンでは牛に群がる蚊を追う。かたや研究室で万単位の蚊を飼育。そんな著者だからこそ語れる蚊の知られざる奇妙な生態の数々。
    (生化学研究室 大塚正人先生推薦)

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