- Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000612203
感想・レビュー・書評
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「医療の配給」は、医療資源を振り向ける治療方法や医療サービスを提供する患者集団の「選択」を意味する。つまり「どの抗がん剤を健康保険の適用対象に加えるか」や「インフルエンザのワクチンを誰に投与するか」を決めるということである。英国の作家であるギルバート・チェスタトンは「何かを選ぶことは別の何かを選ばないことである」と言ったが、医療の配給において彼の言葉は特別な響きを持つように感じられる。
どのように医療を配給するべきか?本書は生命倫理学の立場からこの問いへの答えを探っている。著者はそれぞれスウェーデンとカナダの大学で教鞭をとる2人の哲学者だ。
本書の議論をまとめておこう。
①医療資源が限られているため、医療の配給は避けられない。
②医療の配給方法は合理的で、かつ倫理的・道徳的に正当化できなければならない。
③費用効果分析に基づいて配給方法を決めるのは合理的である。
④「効果」を評価するうえで公平性を考慮に入れることで、③を倫理的・道徳的に正当化できる。
⑤他方で医療の配給方法を決めるにあたって、行為の選択や帰結に関する個人の責任を考慮に入れるべきではない。
まず、1章を丸ごと充てて本書は①を説明する。レビュアーの私見ではこの主張は自明である。とはいえ背景説明はその後の議論を展開するために重要だし、1章を読むことで著者たちが慎重に議論を進めていく姿勢をうかがうことができる。また1章では医療の配給が実際に世界中で行なわれている事実に読者の注意を向けさせる。そのうえで本書は医療の配給の望ましさを強調する。もちろん配給方法が合理的かつ倫理的に正当化できる場合には、である(②)。配給方法の決め方が備えているべき性質が2章以降で議論されていく。
著者たちの提案は、配給の決定に費用効果分析を用いるべきというものだ。費用効果分析では(福利そのものではなく)健康関連QOLなどの尺度を用いて介入・治療の「効果」を測定する。他の条件を一定とすれば、健康状態を大きく改善する介入・治療に高い優先度が与えられる。これは合理的と言えるだろう(③)。費用効果分析の前提には、医療の受益者の便益を足し合わせることが可能だとする「集計のテーゼ」がある。著者たちはこのテーゼを認める立場に立つ。
費用効果分析に対しては「公平性」の観点による批判がある。しかし著者たちの見解によれば、受益者の便益の評価に「優先主義」を取り入れることで、公平性に配慮しながら費用効果分析を行うことができる(④)。例えば健康に恵まれているかどうかや年齢によって個人の便益に重みづけすれば、これらの事情を効果の大きさに反映させることができる。これが優先主義の考え方である。
他方で「誰の治療を優先すべきか」という問題において特に、不健康な状態を自ら招いた患者の「責任」を判断基準の1つとするのが公平だという議論がある。しかし著者たちはこの考え方を退ける(⑤)。理由の1つとして、患者の選択は実際のところ、患者が置かれている社会環境や経済状況から大きな影響を受けているかもしれず、その状況を選んだのは患者の意思とは無関係かもしれないからだ。
新型コロナのワクチン開発が成功し、いよいよ投与が始まるというニュースに人びとが接し始めたのは2020年の暮れである。しかし誰もがすぐにワクチンの恩恵にあずかれるわけではない。では誰が優先されるのか。本書の議論が突如、身近で現実的な問題として人々に意識されるようになってきたわけだが、解決策は一朝一夕に見つかるわけではない。私たち自身が普段から入念に考えておく必要があり、本書は考え方の柱を提供してくれる。 -
医療資源の分配について、「健康」のみに目を向けて、健康アウトカムの価値(QALY)と疾病負担(DALY)の尺度を使った考え方や問題点を挙げて細かく整理していく。
元々健康だった人が健康に回復することを優先し、障害者や基礎疾患をもつ人々達への介入の価値を疎かにしていないか?
年齢により治療の優先順位をつけるとして、それを正当化できる考え方はなにか?70歳から10年間健康に過ごすことと、20歳から10年間健康に過ごすことは同じ価値をもつのか?30歳と40歳の比較では?もしくは5歳と25歳では?
健康の評価に用いられる尺度はあくまで治療とその効果に対するものであり、患者を評価するものでは無い。
絶対に正しい唯一無二の理論はなく、次々に問題点が明らかにされ、振り出しに戻ったりする。
平等や公平というとき、低い水準に合わせるべきなのか、より高い水準を実現出来る個人にもそれを強いるのか。
人々に自身の健康への責任が生じるなら、それは病気になるなどの結果が現れた時点なのか、それとも喫煙をするなどの選択をした時点なのか、
それに対して医療は責任を課すものとして、例えば選択できる治療の幅を狭める、医療費を抑える、なんてことができるのか?
薬物中毒や喫煙者が病気にかかったとき、薬物や喫煙がその疾患の原因に無関係だとしても、その人達に責任を負わせたくなる傾向がある。健康に対しネガティブな要素を持つ人々に偏見をもたらすのでは?
これらの問いは、全ての医療者に自分の中にある偏見を自覚されてくれる問いだと思った。
翻訳された文書が苦手で、ちょっと頭が痛くなりました。 -
『誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学』
原題:The Ethics of Health Care Rationing: An Introduction (Routledge, 2014)
著者:Greg Bognar
著者:広瀬 巌
監訳:児玉 聡
【メモ】
・著者のサイト
〈https://gregbognar.net/〉
〈https://www.mcgill.ca/aggregation/〉
【書誌情報】
ジャンル:書籍 > 単行本 > 社会
刊行日:2017/09/28
ISBN:9784000612203
Cコード:0012
体裁:四六・上製・カバー・328頁
定価:本体3,700円+税
すべての患者を完全に治療することができない時──
医療資源は有限で,すべての患者に十分に行き渡るよう配分するのは不可能である.医療資源配分の意思決定はどう行われるべきかを,具体的事例をあげながら倫理学的な問いとして考察.ハーバード大学最先端の研究成果.
〈https://www.iwanami.co.jp/book/b309279.html〉
【目次】
日本語版への序文
謝辞
序 章
第1章 倫理学と医療
1.予防接種プログラム
2.医療の配給の遍在性
3.医療の配給の不可避性
4.道徳的論証
第1章のまとめ/議論のための問い/読書案内
第2章 健康の価値
1.福利と健康
2.健康関連QOL
3.質を調整した尺度
4.疾病の負担
5.誰に尋ねるべきか?
第2章のまとめ/議論のための問い/読書案内
第3章 倫理と費用対効果
1.費用効果分析とは何か?
2.健康利益の計算
3.費用効果分析はどのように用いられているか
4.公正による重み付け
5.割 引
第3章のまとめ/議論のための問い/読書案内
第4章 差別の問題
1.二つの攻撃ライン
2.障害者差別
3.フェア・イニング論
4.年齢加重と疾病負担
5.それ以外の道徳的考慮
第4章のまとめ/議論のための問い/読書案内
第5章 健康利益の集計
1.集計問題
2.人数問題
3.公正な機会
4.患者の選択
5.より状況の悪い者を優先する
第5章のまとめ/議論のための問い/読書案内
第6章 健康に対する責任
1.平等と運
2.もう一つの提案
3.喫煙者には本当に責任があるのか?
4.健康の社会的勾配
5.社会正義と医療の配給
第6章のまとめ/議論のための問い/読書案内
結 論
用語集
索引 -
【誰の健康が優先されるのか―医療資源の倫理学】
限りある医療をどうやって配給するのか。医療政策のための考え方検討。
費用便益分析について、健康/疾病の度合を数値化して改善度を測る場合には、値をどのように設定するのか。設定においては、年齢を考慮に入れるべきか(eg20/70歳の健康改善は同じ効果か)。その人の責任(eg喫煙歴)を考慮するのか。全てを考慮した上でも、1人の命を救うことと、100(eg1000/10000/..)人の虫歯を完治させることを数字だけで選択して良いのか。
誰かが配給方法を決定しなければならないのであれば、倫理的、科学的、経済的な根拠に基づいた説明が必要。XXX人の健康を犠牲にする1人の生命維持は、必要なんでしょうか。根拠はどこにあるんでしょうか。 -
有限な医療資源をどのように配分すべきか、その意思決定はどう行われるべきかを、(具体的事例を交えて)倫理問題として論じた書。
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東2法経図・開架 490.1A/B62d//K