第一次大戦後のジョージア州のプアホワイトを描いたドタバタ喜劇。
「風と共に去りぬ」から約60年、タバコ、綿花を育てたジョージア州の多くの農民は、土地が痩せ満足な収穫ができない。やがて土地を担保に借金が嵩み小作として働く貧困層となった。折しも、近代化の時期と重なり、第二次産業である工場が各地にでき、労働力として農民が吸収されていく。
本書では、タバコ・ロード(生産したタバコ運ぶ道)沿いの旧農家の主人公は、農家(すでに失業状態)に固執してて破滅に進んでゆく。おそらく年齢的にも、そんなに働くことはできないだろうし、働いても昔の利益があがる訳でもなく、当日の食糧にも事欠く状態ではあったが。
同時代の、「怒りの葡萄」のようにシリアスに働くわけでもない主人公は、希望もなく、最後にはもう一度農業をしようとして、亡くなる。
死ぬことでしか、喜劇を終わらせることができない状況は、なんとも、残念ではあり、悲しい。かといって、農業を進めても収穫には程遠い現実を見るのは辛い。その挙句に土地を捨てて、工場で働く姿に未来像があるとも思えない。彼の死後息子が、農業をしたいと言ってエンディングを迎えるが、その未来も、決して…。
こうして、新しい時代の波に、飲み込まれてしまうのでしょうか。私たちも。
印象的なフレーズは:
★あんな紡績工場よりも、この土地にいるってことの方がずっと大切なんだ
★オーガスタの金持ちの旦那方あ、おれたち貧乏人の生き血を絞って、殺してしまうようなことを平気でやってなさる
★彼は年々、自分がだんだん転落してゆき、自分の境遇がますます没落していって、今では、神や土地への信頼もぐらつき、これ以上の失望に会うと。精神も理性も容易に失いそうな段階にきているような気がしていた。なぜ自分は無一物なのか、また将来何も手に入れられないのか、その理由が呑み込めなかったが、しかも誰一人として、そんなことを知っている者もないし、また教えてくれる者もなかった。それは解くことのできない生涯の謎だった。