政治問答: 他一編 (岩波文庫 青 412-4)

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  • Amazon.co.jp ・本 (44ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003341247

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  • 本書は小著ながら近代歴史学の父ランケの政治思想が簡潔に表現された貴重な書物である。ランケがモデルとおぼしきフリートリヒと、当時の流行の政治学説を信奉するカールという架空の人物の対話形式で、中江兆民の「三酔人経綸問答」を思わせる。理性偏重の合理主義への反動であるロマン主義の空気を吸い込んだランケの政治思想は、多くのドイツ歴史学派とともに、根底において保守的なものであり国家有機体説を基盤としている。

    「國家への参與そのものが報酬」であって、個人にとって「純粋な私生活なんてものは存在しない」といったランケの言葉は、現代の文脈では「全体主義」として糾弾されようし、本書で提唱され、戦前の京都学派の歴史哲学が多用した悪名高き「モラリッシュ・エネルギー」という概念も、今日では誰も見向きもしないかも知れない。しかし国家が究極において個人に死を要求し得るものであるとすれば、そして不幸なことに可能性としてそれが避け得ないものならば、「モラリッシュ・エネルギー」を欠いた国家にそんなことができるはずもない。そうした極限的可能性を見ない現代の国家論は偽善でないとすれば机上の空論でしかない。

    ならばランケは国家主義者なのか。そうとも言えるし、そうでないとも言える。いや、そのような問いは愚問と言うべきだ。我々がランケの政治思想から学ぶべきは抽象的な国家理論の忌避である。国家の端緒は「暴力かそれとも契約か」という問いに対しても、ランケは「それは我々の知覚の及ばない遥かの彼方に横たわってゐる」と真正面からの回答を避けている。決して苦し紛れにお茶を濁しているのではない。それどころか、そのような一般的・抽象的な理論から演繹的に国家を語ることの危うさに自覚的であることが、あくまで個別的・具体的な事象を通じて国家にアプローチする歴史家としてのランケの良心なのだ。

  • 歴史家ランケの政治に関する対話篇とベルリン大学正教授就任演説を収録したもの。

    「さて私が立証したいと考へてゐたのは次のことなのである。即ち、見られる通り国家や民族は、それらが包含せられる領域に広狭の差はあつても、すべて皆独自の、甚だ多くの場合他民族に類を見ない独特の慣習に従ひ、特色ある法と特殊なる制度とに依つて生活し開花するものであるから、各自が全く特定の、他の一切と相違し隔絶する性格並びに独特の生命を有し、各自の所有と行動のすべては其れより導かれるものなることは明白である。事態かくの如くであるとすれば国家を経営管理する者が如何なる任務と義務を負ふかは云ふに難くない。尊敬すべき聴衆諸君よ、諸君は、次のやうな人々即ち或魅惑的な見解の虜となつて偏見に陥り、すべての古きものを最早陳腐その用に堪へざるものとして軽蔑廃棄せんと欲し、従つて長い間のしきたりによつて尊敬し神聖視せられる形式・法則に対して更に考慮を払はずひたすら新奇を思ふ人々、一言で云へば自分の知りもしない国家を改造せんと企てる人々が立派にその仕事を為し遂げるだらうなどと仮にも考へられないだらう。私には以上のやうな連中は決して彼等の義務を果さず、むしろ或ものを建設する代りにこれを瓦解崩落せしめるものであると思はれる。即ちキケロは云ふ、「各民族、民族を以て編制せられた各共同体、民族の関心事たる各国家、これらは恒久性を得るためには特定の成案(consilium)に従つて統治せられなければならぬ」と。此見解が如何に我々のものと一致せるものなるかは一見明瞭である。蓋し一切の生命はその本性上死を避け自己保存に努めるものであり、従つて、我々の見解に依れば、尊敬すべき政府の官職に就き国政の一端に與る者が国家を哺育し保持し日々之れを益々完成の域に到達せしむべく尽して呉れることが、国民的叡智の眼目に外ならぬからである。此事が如何なる方法によつて達成されるかに就ては、キケロが上と同じ箇所に於て教へてゐる。即ち彼は付け加へて云ってゐる、「此成案は常に、国家成立の根本原因に対して遡源的な関係を有するものでなければならぬ」と。何となれば実にこの根本原因の中にこそ我々の問題と為しつつある内的生命の源泉が横はつてゐるからである。それ故に丁度艦船の操縦者が戦艦と貨物船の区別を知つてゐなければならない如く、いやしくも国家の指導者として国政の舵をとるものは、己の航行すべき海洋の性質を心得てゐるばかりでなく先づ第一に己れの国家の本性に就て完全な認識と理解を持つた人で無ければならないであらう。そのやうな認識の欠けてゐる人人はすべからく手を舵機から離すがよい。何故なら、そのやうな人は其れの保存のために其地位に召された其の当の機構そのものをば必然的に崩壊せしめ、溌剌たる生気を放漫にし無くして了ふであらうから。更に私の考を忌憚なく云ふならば、政治に於て傑出することのできるであらう人物は、ただただ己れの支配する国家の本質に対して最も緊密な親近性を獲得しこれと最深の交感を遂げ得た人々だけに限るのである」(72-74頁)

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