村で病気とたたかう (岩波新書)

  • 岩波書店 (1971年4月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784004150138

みんなの感想まとめ

医療と人間の生き方を深く考察する本書では、著者が戦後の農村医療の現場で経験した実践的なエピソードを通じて、予防医学や巡回診療の重要性が描かれています。特に、農村における慢性病やストレスの影響についての...

感想・レビュー・書評

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  • 184ページにサリンと有機リン系の
    農薬の作り方はほぼ一緒で
    ナチスヒトラー時代は、共にバイエルが作っていたという記述がある。

    なんど有機リン系の農薬を戦後使うというと
    食糧不足だったからで
    農民の間には、なんで増産に百姓が命をかけなくては
    いけないのかと反対運動が起きたという。

    農薬患者が増えるのは
    昭和32,3年だという。

  • いや、「アカ」ではあるだろ。転向したんじゃないのかお前。

    「この町の私の知っている農家のお父つぁんが、一年ばかり前から声がかすれてきた。耳県科の専門医に診てもらうと、まぎれもない帳頭ガンだという。この手術は大変である。喉頭を全部摘出してしまわなければならない。手術そのものも危険であるが、何よりもそのあとの生活が大変である(発声ができない)。ところが、このお父つぁんはこのベータートロンをかけるだけで、何ひとつ痛い思いをしないで、数カ月の後に全治してしまった。声もすっかりもとどおりである。本人にはガンということを知らせなかったせいもあるが、すこぶる当り前のような顔付きで、道であっても、「や、院長さん、お早うごわす」だけである。」p.104 そんなバカな
    「じっさい農村の日常の診療の中に、解決しなければならない重要な医学的テーマはいくらでもころがっているではないか。」p.109 そんなものは農村に限らずいくらでもある
    「終戦後、進駐軍が来てから、モルヒネの管理が非常にうるさくなった。ところが、この持病のしゃくの人にはモルヒネ中毒が多い。医者が痛みどめに、よくモルヒネを打つからである。管理がきびしくなりモルヒネ注射が面倒になってきたので、そのどうしようもない患者が私のところへ集まるようになった。」p.115 怖
    「そして「慢性ストレス病」が起こるということをセリエ教授は臨床的にも動物実験的にも証明した。「慢性ストレス病」はすなわちリウマチ、高血圧、動脈硬化、腎硬化、心筋変性、慢性胃漬瘍などであって、つまり成人病であり、「農民病」とも一致するのである。
    しからば「ストレス外因」とは何か。それをストレス学説から引用すると、とくに日常的なものとしては、肉体的過労、精神的緊張、栄養不良(とくにビタミン欠乏、食塩のとりすぎ、カルシウムや蛋白の欠乏など)、」p.133 まだまだだな。日本医学では伝統的に小魚をアタマから尻尾まで全部食べることを推奨している。贅沢品の「魚の切り身」より小魚の方が良いとされるのは骨ごと食べれるからだと思われるが、その理由が「カルシウム」では片手落ちである。

  • S/11/611.99/W27
    【佐久の医療とケアの歴史】

  • 医者になろうと思ったが、解剖などできないので やめる。

    長野県臼田町――予防医学や巡回診療に数々の業績を残し,国際農村医学会の主催地ともなった佐久病院がそこにある.戦前の学生運動の挫折後,初心を忘れず農村に入り,敗戦後院長となった著者が,戦後民主主義を身をもって実践しつつ築き上げたこの病院の苦闘の歴史から,医療とは何か,人間の生き方の問題等多くの示唆が得られよう.

  • 佐久総合病院において先進医療に精力的に取り組み、地域医療の発展に貢献した著者の体験記。「農民の中へ」のモットーと共に積極的に農村の暮らしに入り込み、「農夫症」と呼ばれる一種の風土病的な傾向に初めて日の光を当てる。情熱が伝わってくる一冊だった。

  • 長野県臼田町――予防医学や巡回診療に数々の業績を残し、国際農村医学会の主催地ともなった佐久病院がそこにある。戦前の学生運動の挫折後、初心を忘れず農村に入り、敗戦後院長となった著者が、戦後民主主義を身をもって実践しつつ築き上げたこの病院の苦闘の歴史から、医療とは何か、人間の生き方の問題等多くの示唆が得られよう。

  • クラシックです(専門を問わず読まれるべき)。
    若月氏は佐久総合病院創立まもなく、外科医として赴任し、それから農村への積極介入を行った、予防・早期発見を旗印に、演劇なども取り入れ啓発活動にも余念がなかった。この獅子奮迅の働きっぷりは、Medicalisationとも取れなくもないが、彼のような働きがあったことを認めず(知らずに)Demedicalisationを声高に謳うこともできない。経済的制約から、ストーブの導入さえけちることにより、農夫病にかかること、つまり、病理云々ありきではなく(特に農家のかぁちゃんの)生活環境向上を視野に入れていたり、外科医でありながら、切って張ってではない部分、非外科的なところに労を惜しまかったところに見るべきものがある。農村医療で先駆的な働きを始めて、70余年が経つが今なお医療の世界の先導者は佐久卒業生が多い(初台リハビリセンター然り)が、偶然ではなく、その土壌をどのように作り上げたか、一片が読み取れる。

  • [ 内容 ]
    長野県臼田町-そこに今日七八〇のベッドをもち、予防医学に、巡回診療に、数々の業績を残し、四十四年には国際農村医学会の主催地ともなった佐久病院がある。
    若い著者が戦前の学生運動の挫折後、初心を忘れず農村に入り、敗戦後、組合から推されて院長を引受け、戦後民主主義を身をもって実践しつつきずきあげた病院である。
    この病院での苦闘の活動記録から、医療とは何か、今日における生き方の問題等多くの示唆を得るであろう。

    [ 目次 ]
    1 農民の中へ(「農民の中へ」;赴任したころ;農村演劇と出張診療;従業員組合の結成)
    2 試練をのりこえて(院長に選出される;「分院派」との対立;「組合病院」の伝統をまもった)
    3 病院の発展(伝染病棟を建設する;脊椎カリエスを手術する;精神科の併設とガン治療器の導入)
    4 農村医学のはじまり(農村医学のはじまり;「冷え」とのたたかい?生活改善とはなにか;「農夫症」と成人病;農業外傷の補償問題;村の文化活動)
    5 村の健康管理(八千穂村ではじめたいきさつ;八千穂村一〇年のあゆみ;全村健康管理の成果)
    6 変貌する農村の中で(農薬公害ととりくむ;出稼ぎ農民と母ちゃん農業)
    7 農村病院の展望(国際農村医学会をひらく;農村病院の経営は苦しい;農村医科大学の構想)

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 地域医療を考えたい人に。
    。<br><a href="http://www.iwanami.co.jp/.FIGS/41/2/4150130.gif" target="_blank">表紙画像はここ</a>

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