アラビアンナイト: 文明のはざまに生まれた物語 (岩波新書 新赤版 1071)

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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310716

作品紹介・あらすじ

誰によって、いつ頃つくられたのか、本当に千一夜分の物語があったのか-いまや世界文学となった「アラビアンナイト」の成立事情は、謎に包まれている。まぼろしの「原典」探し、「偽写本」の捏造、翻訳による違いなど、成立から翻訳・受容の過程をたどり、異文化のはざまで変貌していく物語集の文明史的意味を考える。

感想・レビュー・書評

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  • 「誰によって、いつ頃つくられたのか、本当に千一夜分の物語があったのか―いまや世界文学となった「アラビアンナイト」の成立事情は、謎に包まれている。まぼろしの「原典」探し、「偽写本」の捏造、翻訳による違いなど、成立から翻訳・受容の過程をたどり、異文化のはざまで変貌していく物語集の文明史的意味を考える。」

    西尾/哲夫
    1958年香川県に生まれる。1987年京都大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士(京都大学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手、同助教授を経て、人間文化研究機構国立民族学博物館教授、総合研究大学院大学教授。専攻、言語学、アラブ研究

  • オリエンタリズムとしての「アラビアンナイト」   -2007.07.07記

    異文化の間で成長をつづける物語。この本は新書の一冊だが、その背後には実に膨大な歴史がある。
    今日世界の問題である中東の状勢を考える上でも、アラビアンナイトの辿った道は、決して無視することが出来ないだろう。と、
    毎日新聞の書評欄「今週の本棚」5/20付で渡辺保氏が評した「アラビアンナイト-文明のはざまに生まれた物語」岩波新書-はすこぶる興味深く想像の羽をひろげてくれる書だ。
    著者は国立民族学博物館教授の西尾哲夫氏。2004年に同館主催で開催されたという「アラビアンナイト大博覧会」の企画推進に周到に関わった人でもある。
    今日、「アラビアンナイト」を祖型とするイメ-ジの氾濫は夥しく、映画、アニメ、舞台、電子ゲ-ムなどに溢れかえっているが、「それらの大部分は19世紀以後に量産されてきた挿絵やいわゆるオリエンタリズム絵画から大きな影響を受けている。と、著者はさまざまな例証を挙げて説いてくれる。
    本書を読みながら、図書館から同じ著者の「図説アラビアンナイト」や04年の企画展の際に刊行された「アラビアンナイト博物館」を借り出しては、しばしこの物語の広範な変遷のアラベスクに遊んでみた。

    「アラビアンナイト」もしくは「千夜一夜物語」の題名で知られる物語集の原型は、唐とほぼ同時代に世界帝国を建設したアッバース朝が最盛期を迎えようとする9世紀頃のバグダッドで誕生したとされるが、それは物語芸人の口承文芸だったから、韻文を重んじたアラブ世界では時代が下るといつしか忘れ去られていったらしい。定本はおろか異本というものすらまともに存在しなかったとされる。
    アラビアンナイト最初の発見は1704年、フランス人アントワーヌ.ガランがたまたま手に入れたアラビア語写本を翻訳したことにはじまる。
    しかしガランが最初に入手した写本には、お馴染みのアラジンもアリババも登場しない。シンドバッドだけが何故か別な物語から挿入されたらしい。アラジンやアリババはガランが別な写本から翻訳、後から付け加えられたという。
    これが時のルイ十四世の宮廷に一挙にひろまった。フランスのブームはイギリスへ飛び火し、さらにヨーロッパ全土へと一気にひろまっていく。

    著者は本書の序において、「今から300年ほど前、初めてヨーロッパ人読者の前に登場したアラビアンナイトは魔法の鏡だった。
    ヨーロッパ人読者はアラビアンナイトという魔法の鏡を通してエキゾチックな幻想の世界という中東への夢を膨らませた。
    やがて近代ヨーロッパは、圧倒的な武力と経済力で中東イスラム世界を植民地化していく。現代社会に深刻な問題を投げかけているヨーロッパとイスラムの不幸な関係が出来上がっていった。」と要約してみせる。
    或いはまた「アラビアンナイト-千夜一夜物語」とは単なる文学作品というよりも、西と東との文明往還を通して生成されていく一つの文化現象とでも形容できる存在なのだ、と。
    ヨーロッパにおける「オリエンタリズム」、いわば初めは正体がわからず畏怖すべき対象であったオリエントが、ヨーロッパによって「文明化」され、ヨーロッパ的価値観という統制可能なフレームの中に収まっていく過程とパラレルになって形成されてきたのが「アラビアンナイト」なのだ、と。
    たとえばブッシュに代表される現代アメリカの中東観に関わることとして、
    トリポリ戦争の勝利によって独立後の国家としてのアイデンティティを確立したアメリカは同時に「遅れた野蛮な地イスラム諸国」という視点をもってイスラム世界と対立してきた。そこにもまたこの物語が影を落している。ご承知のようにこの物語の大枠は女を毎夜殺害する専制君主の前に引き出された「シェヘラザード」が毎日王に物語を語って聞かせ、ついに王を悔悟させるというものだが、この聡明な知恵をもって野蛮な王を説得する女性のイメージこそ、その後のアメリカのイスラム諸国を野蛮視する視点の確立に合致している。アメリカは、その独立建国以来、今日までこの物語の視点を持ち続けているのである。というあたり、然もありなんと肯かせてくれる。

  • 2022年5月23日購入。

  • 西尾哲夫×森見登美彦の対談「ファンタジーの挑戦」に参加した時に聞いた内容のまとめ。

    ゲーテやアンデルセンも親しんだと言われるアラビアンナイト。
    現存する最古の資料は、紀元九世紀(アッバース朝)の紙に書かれているもの。バグダッドで成立
    原典はアラビア語→フランス語版のタイトル『千一夜物語』
    →イギリスで出版された時は『アラビアンナイツエンターテイメント』
    ここではガラン版を詳しく見ていく。
    フランス人のガランは仕事で二十年中東に滞在し、オスマン帝国の文人の著作を翻訳。その際にアラビアンナイトの存在を知ったのでは?その後、アラビア語の『千一夜』の写本を入手し、フランス語へ翻訳。
    ガラン版1704年刊
    当時のフランスで、おとぎ話とシノワズリー(中国趣味)が流行っていたこともあり、瞬く間に人気を博す。宮廷だけでなく一般庶民の間でも広く読まれた。
    当時、一般庶民の識字率は男性30%未満、女性はその半分。
    読める人の周りに読めない人が集まって、読み聞かせをしてもらっていた。
    英語、ドイツ語、オランダ語など様々な言語に翻訳された。日本に入ってきたのはオランダ語訳(1755年)
    廉価版が出回り、庶民にも浸透するようになると、子どもでも読める物語として、アラビアンナイトは広く受け入れられた。
    現代の子どもは、当たり前のように絵本を読んでいるけれど、18世紀になるまで児童文学というジャンルはなかった。

    おそらくインドやペルシアに起源を持つ古い物語がアラビア語訳され物語集が編まれ、アラビアンナイトの核ともいえるべき部分が成立した。歴代編集者たちが別の物語集から話を借用しアラビアンナイトに紛れ込ませ、この一大物語集が出来上がった。わたしたちがアラビアンナイトとして読んでいる物語集は成立当時の何倍にも膨らんでいるわけである。

    ガラン版は全十二巻。
    ガランが訳出に使用した写本はガラン写本と呼ばれており、現存するのは全三巻だが、四巻目があると考えられている。ガラン写本三巻がガラン版六巻までのものとなり、七、八巻は幻のガラン写本四巻目。九、十巻には「アラジン」、十一巻には「アリババ」、最終章の十二巻には空飛ぶ絨毯の話があるが、これらはアラビア語の原写本が見つかっていない。

    実は、九巻目以降は1709年にハンナ・ディヤーブというアッレポ出身のマロン派キリスト教徒から聞いたものだったようだということが、ガランの日記から分かっている。
    だが、ガラン版にはシリア人から聞いた話だとは書かれていない。あくまでも写本を訳出したものであるという態度を貫いている。故意に隠蔽しているのである。小細工は他にもある。
    「シンドバッド航海記」ガランの手元にあるシンドバッド写本には夜ごとの区切りがなかったので、ガラン版には区切りを勝手に挿入した。
    それからガラン写本第三巻は物語の途中で終わっており、続きは別の写本から訳出したと思われるが、ガラン版ではこの事実に触れていない。
    それから物語の順序を入れ替えたもの、第七巻からは夜ごとの区切りをなくしたり、第八巻では出版社が別人の訳した物語を紛れ込ませたりもした。
    ガランは物語は千一夜分あり、どこかに完全な写本が現存するはずだと思っていた。ガラン写本以外にもエジプト系、シリア系などのアラビアンナイト写本が存在するが、「決定版」はない。どの写本をもとに翻訳するかによって内容がかなり異なるのだ。そして偽写本も出回っていた。

    時代と共に印刷技術が発展すると、これまたさまざまな原典・写本をもとに編集される。著者曰く究極の寄せ集め本であるカルカッタ第二版というのがヨーロッパ人にとっての正典になっている。(最終形態は究極の寄せ集め本)

    レイン版はレインが見て不道徳と思われる話が削除されているし、逆にバートン版は好色文学としてのアラビアンナイトのイメージを定着させた。バートン版は世界中に広まった。偽写本や素性のわからない写本に記された物語も読むことができる。
    現在、日本で読まれている大人向けのアラビアンナイトは、バートン版とマルドリュス版からの翻訳。

    日本へ入ってきたのは明治に入ってから。日本最初のアラビアンナイトである1875年刊『開巻驚奇暴夜物語』はあまり売れなかった。1883年『全世界一大奇書』は日本の昔の詩人の愛読書になったりしていた。訳者の井上勤は、16歳の時に神戸のドイツ領事館で通訳を務め、大蔵省や文部省に勤務するかたわらシェイクスピアやジャール・ヴェルヌも訳している。井上のアラビアンナイトはNDLのデジタルコレクションでも閲覧できる。明治末期〜大正にかえて児童文学というジャンルが定着し、子供向けの読みものとして次々と出版されるようになる。1920年代には大人向けのアラビアンナイト(バートン版、マルドリュス版)が発禁処分になっている。

    アラビアンナイト学の研究者は世界中にいる。アラビアンナイトの内容は多くの人を惹き付け人々の愛読書になり、またそこからインスピレーションを受けて作品を作る人もいる。さらにその歴史も多くの研究者を惹き付けてやまない。

    p103
    アラブ文学では現在にいたるまで韻を整えた詩歌に重点が置かれてきた。詩文偏重の伝統はイスラム勃興以前のジャーヒリーヤ(文字通りには「無知」であるが、「無明時代」の訳されることが多い)時代にまでさかのぼる。各部族には専門の詩人がおり、部族間の抗争では詩人が先頭に立って「言葉の矢」としての詩を応酬する慣わしがあった。また、すぐれた詩はメッカの街に掲げられたといわれている。アラブ世界で詩がどれほど尊重されたかは、アラビアンナイト中にちりばめられた詩の多さを見てもわかる。子供向けのリライト版では詩は省略されていることが多く、大人向けの翻訳でもレインなどは詩の多くを訳していない。

  • 説話集『アラビアンナイト』がヨーロッパで再発見されて世界へと広がっていく中で、どのように変わっていったのかに迫った本。

    底本がないゆえに新しい物語が次々と加わり変形していく『アラビアンナイト』変遷の歴史を、本書で知ることができます。

  • NHKの100分で名著を見てアラビアンナイトの歴史を知りたかった。

  • アラビアンナイトを始めとする一千一夜物語が、西洋におけるアジア文化との交流の役割をどのようにして担っているか。オリエンタリズム的視点。

  • S019.9-ブン-901 300291036

  • アラビアンナイトには子供向けのファンタジー、そしてエロティックな宮廷譚という2つの違った印象がありました。この本は千夜一夜物語が1704年にフランスに紹介され、急速に欧州に広がっていったとのこと。そして異国情緒の物語として改筆、加筆されていったこと。元の写本を追いかけることから説明を始めています。アラジンもアリババも最初の写本には登場しないということ。バートン版というものが確かにエロ物語イメージがありますが、英国の外交官であった人の性風俗への興味から出ているというのは、納得です。欧州においてイスラムへの差別意識からアラブにそのイメージを持たせたということは否めないように思いました。現在のキリスト教とイスラムの文化圏の対立を考えるとき、こんなところにもその痕跡があるというのは気がつかなかったことでした。日本における歴史にも宮武外骨、大宅荘一らのジャーナリストが翻訳者として登場するなど、実に意外な展開が面白かったです。

  • 220ページほどの新書版だが,本格的な<アラビアンナイト論>。
     こどもの頃には童話集で、アラジンと魔法のランプとかアリババと40人の盗賊などを読んだように思う。この2つの物語は,本来アラビアンナイトには入れてなかった物語だった、ということも初めて知った。そして大人になって読んだ記憶は無いが,アラビアンナイトにはいくつかの異本があることは、バートン版などと謳ったタイトルを本屋で見かけたことなどから想像できていた。
     この本で本来のアラビアンナイトの歴史を読んだ。そして世界の中の欧州・中東・亜細亜などいくつかの文明のありようを、改めて感じたところ。
     目次は次のとおり。
    第1章 アラビアンナイトの発見/最初の翻訳者アントワーヌ・ガランなど
    第2章 まぼろしの千一夜を求めて/本当は千一夜なかった?・・など
    第3章 新たな物語の誕生/アメリカでの「東方小説」・・など
    第4章 アラブ世界のアラビアンナイト/アラビアンナイトは非主流派など
    第5章 日本人の中東幻想/江戸期の中東情報/明治期の翻訳事情・・など
    第6章 世界をつなぐアラビアンナイト/進化し続ける物語・・など
    第7章 「オリエンタリズム」を超えて
     日本語全訳版は、岩波文庫88年マルドリュス版・東洋文庫92年カルカッタ2版・ちくま文庫04年バートン版。

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著者プロフィール

国立民族学博物館副館長 人間文化研究機構国立民族学博物館教授/総合研究大学院大学文化科学研究科教授 言語人類学
最終学歴:京都大学大学院文学研究科博士課程修了
学位:博士(文学)
主要業績:「枠物語異聞—もうひとつのアラビアンナイト、ヴェツシュタイン写本試論」堀内正樹・西尾哲夫(編)『〈断〉と〈続〉の中東—非境界的世界をぐ』悠書館 2015。『ヴェニスの商人の異人論—人肉一ポンドと他者認識の民族学』みすず書房 2013。『世界史の中のアラビアンナイト』(NHKブックス)NHK出版 2011。

「2016年 『中東世界の音楽文化 うまれかわる伝統』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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