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- Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
- / ISBN・EAN: 9784044000608
作品紹介・あらすじ
700年の歴史を超えて、能は絶えることなく上演され続けてきた。今も受け継がれるそのレパートリー約250曲のうち、現代の能楽堂で観ることのできる全200曲を精選。作者と上演史から、展開、素材、演出まで多角的に解読し、演目に込められた作意、古典芸能ゆえに見失われがちな舞台作品としての輪郭を浮かび上がらせてゆく。能楽用語の解説や小文「能を観るヒント」を収録し、研究の第一人者がすべての現代人を観能の愉しみへと誘う。
感想・レビュー・書評
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はじめに、と、おわりに、と、間は、翁と吉野天女を
能をみて、素晴らしい舞だとか思うけど、これをどう受け止めれば良いのかがなかなかわからん、と、思ってたら、まさにそういう評価があったようで、おわりに、にあるが、坪内逍遥などが明治にも言っていた「綴れ錦」という表現は、なるほど、と、納得。
良い錦のキレのツギハギということで、材料はよいが、全体の構成を欠くということらしい。
こう言ってもらえると、正直、安心するところもある。
そうそう、そういう印象と。
ただし、世阿弥が「花鏡」にて、目利きばかりで能を知らず、能を知ってても目利きがない、そういうやつばかりが多いが、その両方があるのがよい、ということを言ってるとのこと。
そうそう、そうよね、やっぱりそこは難しかったりするのよね、というのでこれまた安心。
目智相応する。頑張ろう。
と、思いながら、これを目で表してるところにとても心惹かれるところもある。
目の寓意の東西、なんかね。
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