中世ラテン語の辞書を編む 100年かけてやる仕事 (角川ソフィア文庫)
- KADOKAWA (2023年4月24日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784044007515
作品紹介・あらすじ
「効率を優先する現代社会で、働くことの意味を考えさせてくれる一冊」出口治明(「朝日新聞・書評欄」)
生きているうちに完成をみない仕事にやりがいを感じられますか?
英国で言葉を紡ぎ生きる人々の生き方を通じて文化の豊かな価値を提示し、効率重視の社会に生きる私たちの働き方を問うノンフィクション。
法の支配を定め、民主主義の基本となった「マグナ・カルタ」を正確に読み解くために必要なのが、中世ラテン語辞書。
英国は二〇一三年末、準国家プロジェクトとして『英国古文献における中世ラテン語辞書』を完成。
プロジェクト始動は第一次世界大戦が始まる前年の一九一三年。辞書の完成までに費やされた時間は百年。
新聞社の海外特派員記者として英国駐在した機会を活かし、著者は本書を書き上げた。
ラテン語の言葉の豊かさと歴史、現代日本で辞書を編んで生きる学者や編集者へのインタビューを通じて文化的活動の価値までを描き出すノンフィクション。
感想・レビュー・書評
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100年の歳月をかけて完成した中世ラテン語辞書。本書は、特派員記者である著者が2014年秋ロンドンで「中世ラテン語辞書作成プロジェクト完了」の記事を読んで興味を持ったことをきっかけに、関係者への取材をしてまとめたものである。
英国人のつくった本格的な中世ラテン語辞書の必要性が英国知識人の認識となっていた1913年、OEDと同じやり方での辞書づくりのアイディアーボランティア「ワードハンター」の協力を得て、英国古文献からラテン語を採取してもらうーが出され、英国学士院の事業として実施されることとなった。
二度の大戦という試練を乗り越え、事業は継続されていったが、その間には財政問題や編集に時間がかかり過ぎることへの不満が出されるなど、幾多の困難があった。そうした困難を乗り越え、辞書は完成した。
多くの人の努力が実を結んだことは実に素晴らしい。しかしながら、コスパ、タイパが重視される現代、果たしてこのような文化事業はできるであろうか、特に日本において。できて欲しいと強く思うのだが、効率重視、短期発想に対抗できるどのような原理的思想があり得るのか、重い課題であることを強く感じた。 -
◯東京への遠征時に読むため、書店で購入。もともと大学で古典ラテン語を履修しており、ラテン語に関する文庫本だったので興味があった。(実際には往復の新幹線は眠ってしまい、この本は読み終わらなかった。)
◯まず最初に、「辞書の完成セレモニー」の場面から始まり、記者がイギリスのラテン語辞書編集者と日本の辞書編集者の間を行ったりきたりしながらインタビューを重ねていくスタイルは、「フェルマーの最終定理」のように物事の経過がわかりやすかったし、自分自身も一緒に旅をして、彼らの話を座って聞いているような臨場感があった。
◯ラテン語辞書を巡る話ではあるが、特に本書内においてはラテン語の単語や文法などについて言及していない。
著者の興味はラテン語そのものというよりも、「すでに死んだ言語の辞書を作ることに、なぜ百年もの時間をかけて、たくさんの人々が従事してきたのか」「上梓したところで、かかった膨大なコストは回収することは困難なのに、なぜそんな仕事に人生を捧げた人々が何人もいるのか」という2点にあり、そこから著者は「より早く、より効率的に、という現代のスピード感に逆行するような仕事には、いったいどんな世界があるのか」をそれこそじっくりと時間をかけ追究していく。
インタビュイーのもとまでわざわざ出向き、コーヒーを(ときには紅茶を)飲みながら、メールやチャットではなく相手と向かい合って話をしたのは、著者自身も彼らと同じ時間のなかに身を置き、体験したかったからなのかもしれないなと感じた。
◯私が学生の頃は、日本語で利用できるラテン語の辞書に選択肢がほとんどなく、ちゃんと使おうと思うと何万円もするでかい日羅辞典しかなかったが、現在ではスマホやPCがあればある程度無料で利用できるし、お金を払えば(確かジャパンナレッジで使えたはず)あの昔ながらの大きな辞書の電子版も利用できる。便利な時代になったものだと思っていたが、この本を読んで、そんな現代のニーズにフィットする電子辞書でさえ、もとをただせば「ワードハンターが作成した数万枚のスリップを、編集者がひとつひとつ吟味し、検証し、丁寧に編む」という泥臭い作業のはてにあるのだなあと感慨深かった。 -
自分の仕事の結果が遠い将来にならないと分からない中で、「単に好きだから」という理由でずっと作業を継続する人々のエネルギーを感じた。他にも、時間をかけて丁寧な仕事をすることの大事さ、古典などの文化の伝承は時間と手間をかけてでも行うべきであるという考え方、日本語も滅びゆく言語になりかねないとの警鐘、など多角的な気づきを貰った本である。
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うーん。
テーマ、取材力はさすが。でもタイトルと内容のずれが読み進めるうちに気になってしまい、最後は流し読みで終えてしまった。
新聞記者の性か、現代社会との対比を随所で試みてるけど、そのすべてにうっすら漂う「上から目線」も、ちょっと興ざめ。
ラテン語辞書の編纂をめぐるストーリーに、『The Surgeon of Crowthorne: A Tale of Murder, Madness』みたくもう少し注力してもよかったのかも。