悪逆大戦 地獄の王位簒奪者は罪人と踊る (MF文庫J)

著者 :
  • KADOKAWA
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感想 : 3
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784046812896

作品紹介・あらすじ

邪神も魔王も重罪人も、どんな「悪」だろうと従えてみせる。すべてはアイツを救うために――。
伝説上の名だたる悪人を「駒」として従え、少年は戦う。悪人VS悪人――絢爛豪華な王位継承戦を勝ち抜く、ダークファンタジー

感想・レビュー・書評

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  • 少年は少女と再び出会うため、劇役が塗せし血路を歩む。

    表紙と題名のアバンギャルドさと実際の内容を引き比べれば、かなり堅実かつ親切に作られた小説だという印象です。続刊が出るとして第一巻はメインブローの前のジャブという可能性はなくはないにせよ。
    主人公「西島俊(日本名)」は地獄の王族の端っこに生まれ、緊急避難で地上に逃がされた少年、彼が故郷に帰還し次なる地獄の王位を目指す。プロットを分解して語りますと、ここまでは王道です。

    ただし「貴種流離譚」というには箔が足りない通り、彼の場合は王族の血といっても足枷にしかなっていない弱小です。マイナスの身の上に生まれ育った少年は、地上でも理不尽な暴力に晒されてしまいます。
    しかるに彼を人として扱ってくれた素敵な少女に、救われる。ここまでもまた、王道といえるでしょう。

    よって主人公が玉座に望むことはたったひとつ。自分の身代わりか理不尽に殺され、輪にかけて不可解なことに地獄の最下層に堕とされた恩人にして想い人たる少女「桜花櫻」を助け出すため。
    そのために西島はほかの王位候補者六人全員に勝ち抜けという絶望的に不利な王位争奪戦に挑みます。

    同じく王族でありながら雲上人ともいえる、もうひとりのヒロイン「ネロフェクタリ(以下:ネロ)」の手を借りるとはいえ、あまりにも分が悪すぎる勝負。いいえ……、逆に燃えてきませんか?

    それを証明するかのように、敵がこちらを甘く見てくれているからこそ、主人公の特性が突き刺さる幕もあります。それが王者の道といえるかどうかといえば、はなはだ自信はないのですが。
    ゆえに本作が邪道寄りのダークファンタジーであることは、ほぼ間違いないと思うのです。

    さて、作品の背景にあるのは禍々しく、血塗られた地獄――ほぼ敵地の真っただ中。
    主人公がまったく油断できない戦いの連続の中で心身をすり減らしていく過程が見物である反面、王道の「ボーイ・ミーツ・ガール」を基盤に置いているだけあって、基本はエンタメ路線です。
    なお、ここからはネタバレを恐れずにレビューを進めていきます。臆される方はご容赦ください。

    では、まずは全体的な文体などについて所見を述べていきます。
    綾里先生の得意とされるゴア表現は控えめであり、劇役者じみた洒脱と諧謔が支配的なネロや後述の悪人たちとの掛け合いは人が悪い。同時に頼もしい愉悦を誘うので、怖気すら楽しいと思わせますが。

    それと主人公は最初から無謀ともいえる挑戦で全身全霊を融かし尽くすことは覚悟の上です。力と立場を提供してくれる協力者のネロも面白ければなんでもいいスタンスです。よって話が早くて助かります。

    また展開自体はスピーディーで、小刻みに場面転換を挟んでいく舞台劇に似た構成を取っているので読みやすい部類です。雰囲気に反して気軽に読み返せる読書感覚も本作の強みといえるのかもしれません。
    ただし文体の装飾は怠りません。美しいものと恐ろしいものが同居している「悪」の力強さを筆致を通じて伝えていただけます。その辺は「綾里けいし」作品の常道といって良いものかと察する次第です。

    しかるに次は。
    少し話は飛びますが「悪の華」という言葉がある通りに本作において「華」たる部分を紹介しましょう。
    それは歴史上/創作上の悪人を召喚して代理で戦ってもらう、三本中二本先取形式のバトルパートです。
    偉人同士の夢の対決といえば、古くは『魔界転生』にはじまり、近年では漫画やゲームでも類似例が枚挙にいとまがありません。なお本作の場合は背景が地獄なだけに一部例外はありますが「悪人」縛りです。

    というよりコンセプトとして「悪」の魅力を謳い上げたいという作者の願いありきで、このギミックが採用されたといっていいのでしょう。
    そのため相手方と契約を結ぶのも一苦労、場合によっては契約者にも牙をむくのだから油断できません。

    ちなみに今回主人公が選択した三者は『史実』、『夜長姫と耳男』、『シャーロック・ホームズ』由来。
    史実出典といっても拷問狂/吸血鬼のパブリック・イメージを決定づけた「エリザベート・バートリー」は多少なりとも伝説化されている部分がある通り、対戦相手含め全員が創作上の人物といってよいかと。

    元の作品を知っていればなおよしですが、深い知識を持たなくても作中で元になった作品の紹介や引用をしてくれるので事前知識はいらないと思います。事実、私も夜長姫をここから好きになれましたし。
    必要なのはただひとつ、無関係な無辜の人の死を喜べる/見過ごせる悪人の偉業を聞いて、どこか響くものがあるのなら、その感性だけです。あなたが、無関係な無辜の人として、ね? ん? 冗談ですよ。

    とまれ本作の「悪」は「悪」でも、一種理想化された、力強く美しく、憧憬の対象になり得る存在として描かれています。今回に関しては小物はお呼びではなく、人によっては気高いとすら言えるかも。
    加えて申すなら毒を制すは同じ毒、悪対悪のコンセプトなので胸糞悪さとも縁遠いと言い切れます。

    そういったわけで、召喚に応じた彼ら彼女らにはそれぞれの美学があり信念があるわけですが、主人公たちもそれらには敬意を払い、勝敗のゆくえに殉じて命を賭けるという姿勢を崩さないのです。
    しかるに分の悪い勝負を覆す爽快感を契約の主従が一体になって味わい合えるといえるのでしょう。

    けれども、この一巻は出だしというだけあって様子見感はまだまだありますね。
    基本は召喚対象に戦闘を一任する形式なので事前の準備が物を言い、また今回は後出しが認められたということもあって、相性さえ見切れば格上相手でもなんとかなったという事情ありきです。

    前評判が悪評しかない相手の性格を見抜いて交渉を成立させるという高いハードルがあるので楽勝でないことは確かですが。他方、三回に渡った戦いは話を進めるための演出として割り切られた感はあります。
    予定調和が絡んでしまうため、人によっては好みが分かれてしまうストーリーラインかも知れません。

    もっとも、綾里先生の作風としてバトルは演出重視と思われます。
    もっと言えば、咄嗟の機転より事前の備えに重きを置かれる傾向にあるようなのです。
    さすがに新規の読者に事前にそこまで知っておけというのは酷なので押し付けることはできませんが。
    一方で先行例を知る私としては、変則的な形で今後の戦いを描く可能性もなくはないと予想します。

    以上。
    レビューの冒頭に戻って話の構造について振り返りますと、いたってシンプルです。
    「末子成功譚」といえばそうなのかもしれない通り、物語の型(アーキタイプ)に忠実ともいえます。
    今回スポットが当たるレギュラーキャラクターは主人公とヒロインふたりと割り切っており、対戦相手の事情について匂わせはしても、細かい部分は切り捨てる方針を取っているのも思い切ったと考えます。

    ただし転じて、先述した構成の中で人間サイドのヒロイン「桜花櫻」の魅力を小刻みに描いていること。
    ここがアクセントとしてしっかり効いているのですよ。言うならば、過去と現在というふたつの時間軸を通じて、桜とネロ、ふたりでふたつの物語(ムーブメント)を語る。変則的でロマンチックな演出です。

    それと。主人公の原動力であり原点でもあった桜は、普通人かと思いきやエキセントリックな超人/変人系ヒロインであり……、さらに一転、意外なところにも人となりはあったと判明したりもします。
    ――、はたして本音を吐露したのは「謎」でしょうか? それとも女の子の「秘密」でしょうか?

    いずれにしても「謎」を引きに持ってくる〆は実に決まっていると思います。
    彼女にまとわりつく陰謀の影を含めて今後の展開を示唆する余韻として働いている一方、インパクトという意味では若干落ちるという意見も私の中で残りましたが、まぁその辺は人それぞれでしょうね。

    あとは、これまた個人的な意見ですがイラスト担当の「ろるあ」先生の画は禍々しさと美しさの創出という意味では申し分ない一方、桜の描き方にも含みを持たせ、真意を読めなくさせている印象でした。
    そのため、どう受け取っていいのか悩ませるのが困りもの……といったところでしょうか。

    なにも作品に合っていないと指摘しているわけではありません。
    男女問わず「虚(うろ)」に吸い込まれたくなるような退廃美が支配的です。
    この上なく作品に合致している。そのことは確かです。誤解なきよう主張しておきます。

    それでは最後に、レビューの〆も兼ねて本作のウリを二言三言でまとめるとします。
    本作において「悪」と定義づけられる面々は、けしておのれの為したことから逃れ出ようとしません。
    一貫性のある人に、人は惹かれるものといえるのかもしれません。

    強烈な自我に殉じてみせる、酔狂ともその先に待ち受ける狂気とさえ受け取れる誇りの持ち主にどこか惹かれてみたい方はぜひ、ページの先に心をゆだねてみてください。
    善悪と好悪は同じく「悪」の一字が共通しても、必ずしもあなたの中で同居するとは限りませんから。

  • 地上で生活する地獄の王の第108子である西島俊。彼の望みはただ1つ地獄に堕ちた彼のヒーローであり守りたい相手の桜花櫻を救うこと。力のない彼は地獄に戻り第7子のネロに協力を仰ぐ。
    個人的に綾里けいしはこういった暗い舞台と暗い主人公の設定の方が合っていると思う。暗い世界の中でほとんど救いもないけれど、それでもわずかな可能性にかけて足掻く主人公は魅力的だ。
    そして登場人物のメインは俊、ネロ、櫻の3人の絞ったのがよかった。今回は敵であるエンドレアスを含め、ネロ以外の王の子たちの描写は必要最低限で抑え、継承戦でもそれは同様であった。どうも作者は複数人を同じ舞台に上げることが苦手な印象を何作か読んで思う。舞台上に複数人キャラがいるものの主人公含め3人程度しかメインに立てない。それが第1章だけならいいが最初から最後まで同じメンバーでしか立ち回れない。なので今作の敵と敵の駒は消耗品という設定はよかったように思う。ただ、メインのはずなのにネロはただの気分屋なお姉さんであまり地獄の王の娘感がなかった。むしろエリザベートの方が思い入れがあるだけあり魅力的に書かれている。人物描写を丁寧に書けるだけあって残念だった。

  • 【罪に塗れた魂を救済すべく、地獄の王冠を抱こう】

    理不尽に地獄に堕ちた少女を救うべく、少年は 悪人達の熾烈な決闘に身を捧ぐ物語。

    圧倒的な悪に逆らう為には、その悪を超越するような絶対的な悪を君臨せねばならない。
    常人はそこまで悪に染まる過程で、良心の呵責に耐えられずに罪悪感で溺れるだろうが、伝説上の悪人を駒に従えれば何も問題ない。
    王たる器を秘めるにも関わらず、無力な俊は地獄に堕ちた櫻を救う為に、怠惰の姫·ネロと文字通り悪魔の契約を果たす。

    迫りくる罪人共との駆け引きを経て、悲哀の魂を絶望的な地獄から救済するのだ。

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著者プロフィール

2009年『B.A.D ―繭墨あざかと小田桐勤の怪奇事件簿―』(刊行時『B.A.D. 1 繭墨は今日もチョコレートを食べる』に改題)で第11回エンターブレインえんため大賞小説部門優秀賞を受賞し、翌年デビュー。主な著書に「異世界拷問姫」シリーズ、他多数。

「2022年 『偏愛執事の悪魔ルポ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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