テイレシアスの檻(1) (電撃コミックスNEXT)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・マンガ (178ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784049147193

作品紹介・あらすじ

普通に男子高校生として生きていた桂木千駿。そんな彼が、とある事情で女体化! しかも自分好みのグラマラスボディで……。 戸惑いながらもある意味理想の肉体に興味津々の千駿だったが、現実は思った以上に厳しくて……?

感想・レビュー・書評

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  • Hカップの衝撃、衝突、そして衝動。

    作品の紹介に入る前にまず、タイトルの由来について触れてみましょう。
    「テイレシアス」はギリシャ神話に複数人存在する、男と女両方の属性を備えた人物の中のひとりです。
    ほかには神の恩寵によって女性から男性に変化した「カイニス(カイネウス)」、それに無理やり女性と融合させられて両性具有になってしまった「ヘルマフロディトス」などが目立った例でしょうか。

    ただし「テイレシアス」はそれらとは少々異なり、男性から女性に変化して、それから七年のスパンを挟んで再び元の男性に立ち戻ったというパターンです。
    昨今では「TS(性転換)」を取り扱った漫画は珍しくなくなりましたが、性別を巡る人類の悩みと奇想は数千年の時を挟んでも、早々変わることはないという示唆なのかもしれません。

    さて。そんなわけで今回、性別が変わってしまうのは時と場所を移して現代日本の一般的な男子高校生「桂木千駿(以下:千駿)」です。男女両方で違和感がない名前なのはなんだかおあつらえ向きですね。
    陸上で駆けることに青春を賭けていた彼でしたが、怪我でその道を絶たれてしまいます。かといって腐りきるわけでもなく、打ち込むものをなくして思春期をもてあますがままな状態にいました。

    要するに悪い奴ではないんですが、性欲をもてあましている悪ガキなんです。
    デリカシーのデの字もないので、同学年女子からは顰蹙買いまくりなそんな男です。
    そんなわけで思春期をもてあました男子は、地元の神社にノリと勢いでアホな願いをぶつけてみました。

    そんなノリに応えて降臨してきてくれた女神様が繰り出す、妙に歯切れのいいツッコミも虚しくて。
    あぁそこからからは売り言葉に買い言葉、エスカレートの結果として。自前の潔癖さもあってブチ切れた神様から、六ヶ月ほど女子として暮らせ、ただし貞操は守れという罰を千駿は喰らってしまうのでした。

    そういったわけで、導入はそこそこに本作の見どころについて軽く触れていきますね。
    帯にもありますが、アホな千駿に与えられた女子の肉体はHカップのド迫力です。
    当然お年頃ならまさぐりますし、ぶっちゃけ自慢したくもなるというか。ここまでダイナミックな女体なら惜しげもなく晒したくもなるというわけで、サービスシーンが挿入されても納得感の方が先立ちます。

    冒頭をはじめに、時々挿入される入浴シーンやイメージイラストなどで全身のラインをデデンと出して、これがHカップか……って説得力を生んでくる、存在感や迫力があるのだと先に言わせてください。

    つまりは納得感や説得力を生む優れた画力で展開されるということです。
    煽情的な部分を大事にされていることも確かですが、さらっとして上品できれいにまとまった線運びなののでお色気に傾き過ぎず、主人公のネバっとした性欲も上手く吸収しています。
    結果、本筋を忘れさせず、バランスの取れた作品に仕立てているのも上手いところだと思いました。

    では続いて、絵の次は舞台設定について触れていきましょう。
    そもそもこんなことになってしまった経緯については先に述べた通りですが、この場合は千駿の周囲の環境や人間関係などがキーになります。
    けっこう珍しいパターンを扱っているようなので、その方面から記述してみますね。

    読者が目線を合わせて追っていく「桂木千駿」の現状ですが、男子として生まれ育った世界で唐突に女子の身体に「変身」させられた自分自身が投げ込まれるわけではありません。
    最初から女子として生まれ育った「桂木千駿」の体に“彼”の精神が入り込んだようです。作中で軽く触れられた通り「パラレルワールド」間を行き来して「入れ替わった」と捉えた方がいいのですね。

    私の解釈が微妙にズレている可能性はありますが、言いたいこととしては以下の通りになります。
    すなわち、周囲は今まで通りに接していたハズの女の「桂木千駿」の中身が別人にすり替わっている、ここがポイントでしょうか。
    なお、女性版千駿の中身の方はどこにいったのか、そもそも存在しないのかはわかりません。

    ちなみにその辺の原理を深掘りする余地はありそうですが、そもそも神様というファンタジーが起点になっているためさらっと流しても、もちろん触れられなくても、どちらでもおかしくはないでしょうね。
    一巻時点で、どう転んでも話を広げられそうな余地はあるでしょうが、まぁ様子見といえるかと。

    それはさておき。既に出来上がった人間関係のさなかに、なにも知らない、物怖じしない、だけど無防備極まりない男子の精神を持った女子を投げ込んでみる。すると、なにかが起こってそのなにかが面白い。
    女子間の軋轢や不和に留まらずに、思いもよらない化学反応を起こして新たな人間関係ができていく。

    性転換前後で変化した周囲の状況にすんなり読者が入り込めるように工夫が施されているのも上手い。
    序盤から目立たないながらに、印象的な掛け合いを配置しているので比較して比べやすいんです。

    それから千駿本人は今までとやることが変わっていない、周りのことなんか気にしても仕方ねーよな、などという傍若無人な男子のメンタルで動くことに変わりはなく。
    普通ならもう少し慎重になるタイミングで飛び込み、反骨心に基づいて周囲の理不尽に噛み付きます。

    他方で千駿は女子の身体に慣れていない以上は精神的にゆらぎはしますし、泣きはしますが……。
    肝心要の本人が比較的動じず能天気なのが読者としても暗くなり過ぎないので心理的に楽です。
    全体的に「桂木千駿」という男なら取るだろう行動に沿ったストーリーになっているのが上手い。

    現時点の話と断らせていただきますが、性転換した本人の内面のゆらぎよりむしろ、周囲の反応の方に重きを置くのが新しい。同ジャンルの中でも埋没しない、本作の一番面白いところだと思っています。
    主人公の知らないところで様々な思惑が動くことになるので、読者として油断できないのですけれどね。

    と。では最後に、千駿を取り巻くふたりの男女に軽く触れるなどしてからレビューを閉じることにします。続いて、第二巻を待つことにします。では、その男女について。
    千駿の性転換前後を挟んでふたつの世界が発生する中で、元の世界で彼女が彼だったことを自覚し、記憶が地続きなのが約二名です。今後増えるかもしれませんが、きっとふたりで打ち止めでしょう。

    この両名が、千駿を男に戻したい/女のままにしたいという動機から、緊張感をもってにらみ合う構図を取ります。そこもこの作品をさっそく面白くしています。やはり対立は王道の作劇ですからね。

    共通して、千駿に恋心と言い換えてよい強い関心を抱く男女、片や幼馴染で、片や中学からの腐れ縁。
    男の子の方「河村和奏」は淡い初恋を歪な形で叶えようと、こじらせた恋の形を取っていて。
    女の子の方「里中環奈」は彼が見せてくれた原風景に魅せられて、真っ直ぐに見つめている。

    特に和奏が真意を明らかにする五話で、早くも話が動いたなと感じられました。
    意外性があって、ねじれているけど一途な動機なのでやられたと感じたのですよ。
    かと思えば里中も、やり手な和奏に流れを引き寄せられまいと今は同性になった距離感で千駿と付かず離れず、ガードするので負けていません。

    これら掛け合いもわかりやすい。
    一見王道に見せてなかなか見ない関係性、男女合わせて三名なのに三角関係と言い切れない不思議な男女のシーソーゲーム、それをさらっと飲み込ませる話の組み立て、どれを取ってもとてもお上手。

    総じて思うに。
    ギリシャ神話の登場人物に題を取っただけあって、俗っぽくて人間らしい、だけどどこか品があって神秘的な部分もある。先ほども言いましたが、そういったバランス感覚がとても優れた漫画なのです。

    ちなみに作品のゴール地点は千駿が本来心の奥底から投げかける願いと結びついているだろうと予想でき、読者目線からするとわかりきっています。
    そこの結末をあえてズラすのか、紆余曲折を楽しませる方向で突き走るのか、性別が変わるという一石を投じることで予期できない波紋を巻き起こしています。

    さしずめ、先の展開を読めなくさせることで、先を読ませたくなる。
    ん? どこかで聞いたようなフレーズでしょうか?
    とまれ、冒頭の振り返りになりますが、本作は神話の時代から綿々と受け継がれる女体を巡っての思いを受けとめ、また新たなる解釈を打ち出されようとしている、そんな新作であるのかもしれませんね。

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