とはずがたり(上) (講談社学術文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (434ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061587953

作品紹介・あらすじ

鎌倉時代前期、武家階級に活力ある政権を奪われた京都では、古来の政治・経済の基盤を失いかけた貴族たちは退廃的な生活にひたっていた。この風潮の中で、家柄と容色と才智にめぐまれた、久我雅忠の女がその異常な生涯を自らの手で記したのが『とはずがたり』である。14歳の春、無理に後深草院の後宮にされて一皇子を生みながら、複数の男性とも愛欲の生活を続ける大胆・奔放な生き方、体験を露骨に記述する文学史上特異な作品。

感想・レビュー・書評

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  • 鎌倉時代前期、武家階級に活力ある政権を奪われた京都で、古来の政治・経済の基盤を失いかけた貴族たちは退廃的な生活のなかにいた。
    『とはずがたり』とは、その風潮のなかで、家柄と天性の資質と美貌にめぐまれた久我雅忠の女が、波乱にみちた半生を自らの手で記した日記・紀行文学である。

    上巻は、作者(久我雅忠の女)14歳の正月の日記からはじまる。後深草院の後宮に召された作者は、一皇子を産みながらも複数の男性と愛欲の生活を続けたという、その奔放な体験を記した。
    『とはずがたり』おそらく、禁中の秘事にわたる内容だったために長いこと宮廷に秘蔵されていたのだろうと著者は述べ、さらには700年も前に、女性の愛と人生のすべてをたたきつけたような、こうした作品が、一女性の手によって書かれたこと自体に、新鮮なおどろきを覚えずにはいられないという。

    破天荒な作者の生き方は、私の想像の遥か斜め上をいくものであり、刺激的で確かに面白い。
    だけれど上巻を読んだ時点では、この作品を私は好きになれなかったし、作者に対しても何ら魅力を感じなかった。
    なにより、この作品は本当に作者の身に起きた事実を語ったものなのだろうか、オートフィクションではないのだろうかという疑問さえ浮かんできたのだ。

    上巻の作者(久我雅忠の女)の人生をざっと簡単に紹介してみる。
    4歳…後深草院の御所に召される。
    14歳…院に迫られ寵人の一人となる。
      …すでに相愛の人・雪の曙(西園寺実兼)
       あり。
    15歳…院の子を身ごもる。
      …父の病死により孤児となる。
      …院の子を宿したまま、雪の曙と契る。
       →この関係は院と平行してつづく。
    16歳…院の皇子を出産。
      …雪の曙の子を身ごもる。
    17歳…雪の曙の子をふたりは申し合わせて院の
       子として出産。
       →流産と院には報告。
       →生まれた女子はその場から雪の曙が他
        所へ連れ去る
      …院との間の皇子も同じ頃に夭折。
       →重なる悲しみと不安に苦悩し、出家し
        て西行のように地方行脚に出てみたい
        と願う。
      …院は作者に手引きさせ斎宮と密会。
      …作者は雪の曙と逢瀬を重ねる。
    18歳…貴僧有明の月(性助法親王)から、恋心を
       打ち明けられ、その秋に契る。
      …亀山院からも懸想文を送られる。
    20歳…祖父と不和となり出奔。雪の曙と院に迎
       えられ御所へ帰る。
      …院の黙認のもとに近衛大殿(鷹司兼平)と
       契らされる。

    彼女の日記を読んでいると、雪の曙との初めての契りの場面では物語のヒロインのようである。それでいて、そうなってしまった弁解と院にバレたらどうしようという保身ばかりで、自分がいけないことをしたという罪悪感はない。
    それは雪の曙との子どもを身ごもったときも同様で、この事を院に知られる恐ろしさ。世間体を思うばかりで、院に対しての罪の意識は持っていない。自責の念から「身を投げようと思い詰めねばならぬわけでもない」という、死ぬ決意まではしないという作者の強かさにはたじろいでしまう(この時生まれた女子は、昭訓門院瑛子との可能性が強いという)。

    また作者はしばしば衣裳の色目や院との関係などを詳述し、自分の身分の高さを読者に知らせようとする。度々、自分は他の女とは違う、特別に院の寵愛を受けているというニュアンスの記事もあり、マウント女子のように思えて仕方がなく、どうしても読んでいて鼻白んでしまった。こういうあけすけに話されるもの、話す作者に好意を抱く人は多いのだろうが、私にはどうしても無理だった。『源氏物語』の影響を受けた文面も目につくのだけれども、この退廃的な貴族たちの生活に、あの雅さが何処へ消えたのだろうと悲しくなるばかり(言い過ぎですね、ごめんなさい)。

    どうして作者はこの『とはずがたり』を書き残し、それが今の世まで残ることになったのだろう。
    作者は爛れた宮中や宗教界の堕落を告発したかったのだろうか、自分のままならぬ人生を後世に語り継いで欲しかったのだろうか。それとも雪の曙との女子に母の生き方を知っておいて欲しかったのか。
    私はそんなことではないと思う。
    「問われなくても話し出してしまう語り」とは実は自己満足的なものだったのではないのだろうか。ただ自分史として書き留めておきたかっただけなんじゃないかなと思う。

    私は平安びいきなので、日記文学といえばどうしても『和泉式部日記』や『蜻蛉日記』、『更級日』、『紫式部日記』などと比べてしまいたくなる。そのどれとも『とはずがたり』は違う気がするのだ。
    たとえば『和泉式部日記』は、同じように(とは思いたくないのだけど)恋多き女といわれた和泉式部が書いた日記で、私にとっては彼女ともども大好きな作品だ。
    それは和泉式部の「自分の恋人であった人が、亡くなった後に非難と中傷の渦に巻き込まれてしまう、自分と関係したことでゴシップの的にされてしまう、そして自分を守ってくれたばっかりに世間の人の冷笑と軽蔑の視線を浴びてしまう。
    だからこそ、宮と自分の、かりそめの関係などでない二人の恋の真実、世の中の誰にも祝福されない二人の恋の真実を書き綴っていこう。
    今はもう何も言えない宮、世界で一番優しかった宮のために……」という気持ちがこめられているから(角川ビギナーズ・クラシックス『和泉式部日記』参照)。

    また藤原道綱母の『蜻蛉日記』も同じように(とは思いたくないのだけど)、「はかない結婚生活」が描かれる。
    「私って可哀想でしょ」「ね、あの人が悪いでしょ」という、相手を貶めたい感情がびんびん伝わってくるものなんだけれど、一方では傷ついた気持ちをどうしていいかわからない彼女の恋愛への不器用さも伺え、次第に日記という枠を越え作家としての目は養われていく、そんな日記文学なのだ(角川ビギナーズ・クラシックス『蜻蛉日記』参照)。

    そこには、愛する人を思いやる気概や、自らの心情を客観的に省りみ考える、そういうその人の何らかの意志が感じられる。だけれども『とはずがたり』の上巻は、私にとっては暴露本でしかない。けれど下巻になるとガラッとその趣は変わるようである。とすれば作者に対しての印象も変わるかもしれないし、作者の人生に何か思うところが生まれるかもしれない。
    もしも、それでも作者を好きになれなくても、それは私にとって作者を否定することとイコールではない。ありのままの作者とじっくり向き合って読んでみようと思う。

    • アテナイエさん
      いえいえ、こちらこそ楽しいレビューとコメントで、あらためていい刺激を受けました。ありがとうございます。

      それにしても、盛り盛りの年間計...
      いえいえ、こちらこそ楽しいレビューとコメントで、あらためていい刺激を受けました。ありがとうございます。

      それにしても、盛り盛りの年間計画ですね!
      シェイクスピアはいつでも楽しいですし、作品はいっぱいあるし、わたしは彼の悲劇が大好きです。で、ヒッタイト帝国!? っていまのトルコに栄えたあの製鉄のムキムキな強靭民族ですか。それはまたすごい(笑)。
      まさしくバラエティに富む計画です。これからのレビューを楽しみにしています。
      わたしはまだ読書計画がたっておりませんが、今月中に目標設定したいで~す(^^♪
       
      2023/01/11
    • 地球っこさん
      アテナイエさん

      うふふ、アテナイエさん何でも知ってらっしゃってすごいです!
      尊敬です!!
      ヒッタイト帝国、製鉄、そうです。
      ムキムキですか...
      アテナイエさん

      うふふ、アテナイエさん何でも知ってらっしゃってすごいです!
      尊敬です!!
      ヒッタイト帝国、製鉄、そうです。
      ムキムキですかっ。それは想像してませんでした 笑

      昨年マリモさんの大好きな漫画ということでヒッタイト帝国を舞台にした『天は赤い河のほとり』にハマったんです。
      ムルシリ2世の時代なのですが、そのムルシリ2世となったカイルがめちゃくちゃかっこよくてーー☆
      あー、でもムキムキだったら好きにならなかったな、たぶん。ムキムキはちょっとタイプじゃないのです 笑
      2023/01/11
    • アテナイエさん
      地球っこさん

      とんでもない、学生の頃にかじった世界史で、すべてうろ覚えですみません。なにせトルコのあるアナトリア地方は、歴史が古すぎて...
      地球っこさん

      とんでもない、学生の頃にかじった世界史で、すべてうろ覚えですみません。なにせトルコのあるアナトリア地方は、歴史が古すぎて、いろいろな帝国がでてきては消え、しかもやまほどの民族だらけで、到底頭にはいりません。古代エジプトとの交流があった、製鉄というか冶金術が有名、なにせ勇猛な部族だった、という程度しかわかりません。よって勇猛⇒ムキムキとなってしまってごめんなさい(大笑)。ムキムキではないかもしれません。隠れマッチョくらいだったらいいですけどね。
      『天は赤い河のほとり』に登場するカッコいいメンズたちに従ってください(笑)。わたしも機会があったらながめてみます! それにしてもヒッタイト帝国ですか……シブイですね~
      2023/01/11
  • 鎌倉時代の貴族・久我雅忠の娘、後深草院二条(1258 ~?)が描いた日記文学。重臣だった父の縁で四歳のころから後深草天皇(1243~1304)に可愛がられて育ち、14歳に後深草院の寵人となった彼女の14歳~49歳までの波乱万丈の日々を綴る。

    この作品、なんと長いこと宮内庁に秘蔵されていたようで、1950年に活字化されて以後、一躍話題になった新しい古典。愛欲や暴露本のように感じて秘匿されてきたのかしらん? もしそうなら、性愛描写もない、この程度のお家騒動で貴重な文学遺産が秘蔵されてきたのはびっくりするけれど、なんだか新種の生き物が発見されたような物珍しさとおかしみもわいてくる。

    鴨長明や藤原定家といった平安末期~鎌倉初期の不安定な時代よりさらに時は進み、ちょうど鎌倉中期~末期を背景にしている。栄耀栄華を極めた宮廷政治も凋落し、武家が台頭してきた時代にこんなにおもしろい作品があったとは! いや~世の中は驚きの連続だな。

    後深草院の寵人となった彼女には、それ以前からひどく心を寄せていた「雪の曙」(西園寺実兼)がいた。彼との切ない恋はその後も途切れることなく続いていく。そうこうしているうちに、後深草院の異母弟「有明の月」(性助法親王)にも情熱的に迫られて……『源氏物語』を彷彿とさせる自伝的作品でぐいぐい読ませる。彼女が孕んだ子はほんとうのところ誰の子なの?

    後深草院は紳士的で優しいものの、むら気はひどく、アブノーマルなところも手伝って、モノのように扱われる彼女はあはれだ。と思いきや、プライドは高く、自己顕示欲も旺盛、才気に満ちた快活な彼女は見目麗しい。その美貌と才能をフルに活かして大胆な恋をしているではないか! まるで才気走った恋多き和泉式部のようで、堅物の紫式部あたりがみたら、うぎゃーーっ! となりそうな、ファンキーで男好きする、同性のやっかみを受けやすいキャラなのだ。

    とはいえ、2歳のころに母を亡くし、15歳のころに父も亡くし、さらに叔父も他界。寄る辺ない孤独な身の上を思えば、心の底から愛に飢えていたのかもしれないが、それが真の愛なのか愛欲なのか、そんな区別は現代の目からのものにすぎないし、そもそも区別のしようもないうえに、さほど意味もないかもしれない。なにせ燃えあがる情熱と危うさと哀愁をはらみながら、読者は荒ぶる川に流されていく「浮舟」(『源氏物語』)をみるように見守るしかないのだ。

    と思い、どきどきページを繰ると、ありゃ? いきなり場面は転換する。
    この物語が特異なのは、後半は彼女の行脚と歌枕や社寺・陵墓を訪ねる壮大な旅紀行になっていることだ。頽廃した宮廷をうち捨てて、信濃・奈良・伊勢・鎌倉・四国など全国の旅を重ねる。お~これは女性版「西行」、かっこいいな! 

    なんと家系上、武家との繋がりもあったようで、それらを機縁にひたすら歩いて功徳を積んでいく、そんな彼女の行動はしなやかで痛快。京(みやこ)の衣装や着こなしのセンスをかわれて地方豪族に指南したり、絵を描いてみたり、歌会に招かれれば和歌や連歌を披露する、芸は身を助ける華麗さだ。とはいえ、草を枕にしながらも、後深草院を思慕する彼女の姿は哀愁にみちてあはれだな……。

    作者の文章はこなれていて読みやすい。皇室の激しい後継者争い、公家の権力闘争や不穏な世上も端的に描写されていてクールだね。和歌は技巧やてらいもなく平明、なんといっても『源氏物語』や西行の影響が色濃く出ているから楽しい。もちろん現代語訳だけ読んでも楽しめる。でも彼女の文章は易しく、生きいきしていて、とりわけ章の冒頭は素敵なので、ちょっと眺めてほしい。

    それと並行して、訳者の注釈は『源氏物語』をはじめ和歌集や漢詩などの出典も丁寧だ。現代語訳は原文と歩調をあわせるようにシンプルで読みやすいし、章ごとの短い解説も楽しい。これらすべてが続きで掲載されているので、よくある巻末の注釈や解説を改めて探す必要はないから読みやすい。おかげで楽しく読み終えることができて感謝している。

    つくづく時の流れに朽ちることのない素敵な作品に出会えて嬉しい。まさに一期一会の幸せだ。これからあとどのくらい出会えるだろう……歳の暮れはいつもちょっぴりもの悲しく、ちょっぴりわくわくした心もちになってくる(2022.12.3)。

    • 地球っこさん
      アテナイエさん

      こんな面白そうな本を知っておられる本読みの先輩が、お側にいらっしゃるなんて、羨ましです。

      うふふ、はい、『源氏物語』です...
      アテナイエさん

      こんな面白そうな本を知っておられる本読みの先輩が、お側にいらっしゃるなんて、羨ましです。

      うふふ、はい、『源氏物語』です。あと紫式部の「うぎゃーーっ!」が気になりすぎます。和泉式部も!

      素敵な作品との一期一会。
      ほんとそんな幸せにあと何回出会えるのでしょう。
      今年読みかけのものを全て読了して、来年のはじめの一冊はこの本になりそうです。
      うふふ、年始めから刺激が強すぎるかしらん。
      2022/12/04
    • アテナイエさん
      地球っこさん

      こんばんは!

      本読みの友人のみなさんや、地球っこさん、ブクログのみなさんから、いつも多くの楽しい本を紹介してもらっ...
      地球っこさん

      こんばんは!

      本読みの友人のみなさんや、地球っこさん、ブクログのみなさんから、いつも多くの楽しい本を紹介してもらっていて、すごく嬉しいです。まったくお返しにはならないですが、さほどメジャーではなくても、おもしろい本のレビューを、のらくら書いていますので、これからも宜しくお願いしま~す。

      ということで、『源氏物語』のように世界文学のメジャー級ではないですが、知る人ぞ知るこの本もそうです。作者は『源氏物語』と西行を私淑しているようで、読んでいると、びっくりするほど好き好きオーラを発していますので、多少脚色はあるかもしれません。でも描写がかなり具体的で焦点がピタッと合っていますので、やはり経験則なんだろうな~と思います。わりとクールな筆致ですね。

      源氏にしても西行にしても、わたしの好きなところですから、読んでいて余計おもしろかったです。しばらくしたら、違う版も眺めてみようと思います。

      >あと紫式部の「うぎゃーーっ!」が気になりすぎます。和泉式部も!

      さすが目のつけ所が(大笑)! 
      もうぜったい紫女なら後深草二条も「うぎゃーーっ!」でしょうね。
      また和泉式部は『和泉式部日記』をながめると、これまたすごい恋を経験しています。それよりもなによりも、この人は天性の歌詠みで、惚れぼれします。

      地球っこさんの本リストはどんどん長くなっていく一方でしょうが、年明けから楽しんでみてください~。
       


      2022/12/04
    • 地球っこさん
      アテナイエさん

      そうなんですよ、読みたいリストがすごいことに…!
      アテナイエさんのコメント
      から西行も気になってきましたよ。メモメモメモ…...
      アテナイエさん

      そうなんですよ、読みたいリストがすごいことに…!
      アテナイエさんのコメント
      から西行も気になってきましたよ。メモメモメモ……

      ブクログの皆さんの本棚も眺めてるだけで楽しいし、本当にアテナイエさんのレビューにはいつも刺激をいただいてます!
      こちらこそ、これからも宜しくお願いします♪
      2022/12/04
  • 高校のときの古文の授業があまりにも退屈で、それ以来古文なんて読む気しなかった。だけど偶然この本の内容を何かで読んだとき、一気に引き込まれた。
    「レイプ」「二股」「妊婦プレイ」「ストーカー被害」「コスプレ」「愛人に別の女とのセックスを見せつけて興奮」…
    これ、ライトノベルの話じゃないよ。700年前の日本で書かれた、れっきとした“古典文学”。

    でも、内容はもちろん、それだけじゃない。
    作者は早くに生みの母を亡くし、権力争い熾烈な父と、時の最高権力者の院との間の黙契により、14歳で院に処女を奪われる。
    その父もその後すぐに早世し、作者は天涯孤独となり、まだ十代の彼女は疾風怒濤のごとく、人間の欲望の坩堝にさらされる。
    院は男女関係としてだけでなく、自分の後見人でもあり、女性として見限られることが即ち生活のすべを失うという外的な複雑さに加え、彼女自身の権勢欲、プライド、そして恋愛感情と性的欲求がくっついたり離れたりといった彼女の内的な複雑さが絡み合う。
    そのためだろうか、作者の行動基準は「自分の感情に従っているかどうか」この一点だ。
    他人の言動がどうとか、他人にどう思われるかなんて、端から眼中にない。

    だから、いくら院の愛人となった後、幼馴染で相思相愛だった“雪の曙”と逢引しようとも、僧侶で聖職者のはずの“有明の月”にレイプされて、でも、贈られた歌のセンスの良さに惹かれようとも、院に愛人である自分を他の貴族に抱かせるように仕向けられ、拒絶したものの体を奪われ、屈辱や不信と同時に、女としてその男の余韻が忘れられず「わが心ながらおぼつかなく侍りしか」という感情が沸き起ころうとも、彼女にブレはない。
    あくまで自分の感情に素直に従った結果だ。

    一方で、雪の曙との性に溺れた結果、子を授かり、生まれた女の子を抱いたその途端に手から離され生き別れになったとき、「人知れぬ音をのみ袖に包みて(誰にも聞こえないように顔を袖で覆って声を殺して泣いて)」という描写は、現代人の読者であっても感性に強く響くものだ。

    私は男なので、作中で縷々と紡ぎ出される彼女の感情をすぐに頭で理解はできないが、いわば心理小説を読み進めるような(もちろん仏文学のような完成度は望むべくも無いが)高揚感を感じた。

    一見、日記もののようだけど、作者も実体験のありのままの記録なんて芸のないことをするつもりはなかったようで、源氏物語を手本としつつ、自己の感情に焦点を当てることで作り物の感情描写を排した“リアルな源氏物語”を書こうとしたように思われ、それがこの作品の文学的香気を高める結果となったのだろう。
    機会あれば、この物語の解説を荻野文子先生から聞いてみたい。
    (2013/1/25)

  • おもっっっしろい。
    夢中になって読む古典作品に久々に行き当たった。
    平安女流文学とは一線を画す読み心地で、次の展開が気になって、ページを捲る手が止まらない。
    男性への愛憎が綿々と綴られるところは『蜻蛉日記』に似ていなくもないけれど、みずからの不貞(だよね?)や院の乱倫ぶりをこうも露骨に記して臆すことがないっていうのは、どういう心情なんだろう?どうしてこれを書こうと思ったのか…
    現代だったら暴露本にあたる内容だけれど、瀬戸内寂聴さんに近いものがあるのかな(とはず…の方が激しいけど)。
    とすると、自分の生き様に何か文学的なものを感じていたというか、書き残すべき何かを感じていた?あるいは書き残さずにはいられない文学的衝動があった?
    それにしても、宮廷の醜聞を包みも隠しもしなさすぎというくらい露骨に書いている一方で、一人称視点だからこその、何を書かずに済ませてるんだろうミステリーが差し込まれてきて、ますます興味深い。
    いやぁ、すごいな、これ。
    この先、後深草院、雪の曙、有明の月、大殿に亀山院まで絡んでくるらしい。一体、どうなってしまうのやら。下巻が楽しみ。

  • 想い人の雪の曙がいるにもかかわらず、後深草院の寵を受ける。院の子を産む。しかし、雪の曙との関係も続いて、ついには雪の曙の女児を産むが、他の所にやり生き別れる。
    その後、粥杖騒動と贖い。有明の月に迫られて契る。女楽で祖父の兵部卿・四条隆親と衝突し、近衛大殿と心ならずも契ることになる。自分の思い通りにならない作者はさぞ辛いでしょうね。

  • 資料番号:010712339 
    請求記号:915.4ゴ

  • とはずがたりの研究者としても知られてる方です。
    解説がわかりやすいです。
    ファンなら、この方の本も読むべき。
    ただ、一冊にまとめてほしかった・・・

  • 967夜

  • ワタシの卒論。
    ファッション、恋愛、宗教、日本文化。。。とワタシの大好物がてんこもりな素晴らしい作品です。
    だいすき!

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