典座教訓・赴粥飯法 (講談社学術文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061589803

作品紹介・あらすじ

「典座教訓」には、禅の修行道場における食を司る典座の職責の重要さが記され、この典座が調理してくれた食事を頂く修行僧の心得を示したのが「赴粥飯法」である。道元は、両者の基本にあるものこそ仏道修行そのものであると力説する。飽食時代といわれる昨今の食生活を省みるとき、本書のもつ現代的意義は大きく、多くの示唆に富む必読の書といえよう。食と仏法の平等一如を唱えた道元の食の倫理。

感想・レビュー・書評

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  • 道元のいう禅は、生活禅、行・住・坐・臥のすべてが禅でなければならない、人間の行動すべてが禅であらねばならない。よって食事を作る行動も禅の修行。フルタイムの出家者の生活指導書としての典座教訓(食事を作る行動の手順書)であり赴粥飯法(食事の作法書)が必要になった、と。(ひろさちやの言うところによれば)

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/739994

  • 長い間典座教訓と向かい合ってきた、研究者の方の本。
    漢文書き下し、漢文、訳文の順で記されている。
    初心者が読んでもさっぱりだと思うので、最初はもっととっつきやすいものを読んでからの方がいい。訳文といえど専門性が強い。それだけに、本文に関連する中国禅宗の情報量も多い。
    本書は優しく書かれたもので疑問に思う所を明かしてくれる。一例として、7章の最初、他の本で話が合わないなと思っていた所、本書では異なる解釈で説明がありこちらの方が理にかないしっくりきた。
    宗教観点ではなく、人として暮らす上での食事に対する姿勢を喚起する一冊。ありがたく丁寧に作りいただく。
    しばらくしたらまた読みたい。でも読むのに体力がいる。

  • 典座教訓
    赴粥飯法

    著者:道元(1200-1253、京都、禅僧)
    訳注:中村璋八(1926-2015、神奈川愛川町、中国哲学)、石川力山(1943-1997、宮城県加美町、仏教学)、中村信幸

  • 曹洞宗を作り上げた道元の一冊。

    『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』という本で道元の事を知り、読んでみようと思い購入。

    典座教訓と赴粥飯法は、食事を作る典座という役職の教訓を書いたものと食事をするときの決まりについて書いた一冊である。

    道元が宋に留学したときに、当時の日本の仏教では軽視されていた典座という役職の人に港で会う。

    その際に、典座という食事を作る役職でさえも、修行の一つである事を知り、感銘を受ける。

    それまで日本の仏教では食事を作る典座に秩序はなく、修行の一つであるという意識さえもなかった。また食事の際の作法も統一されていなかった。

    そんな状況を変えようとしたのが道元の「典座教訓」と「赴粥飯法」であった。

    正直、読んでみると食べ方などが掲載されているので、何か学ぼうとするのは難しい。仏教に興味があり、他の宗派の食事作法に精通していれば比較できて面白いのかもしれない。

    しかし、一般人が読んでも「へ〜」くらいで終わってしまうのがオチである。

    ただ、最後の道元の出生からの歴史は読んでて興奮した。14歳で出家し、24歳で宋に留学へした道元。比較的裕福な家庭に生まれたという点もあるのだろうが、小さい頃から教育をしっかり受けているのだと感じる。

    岩崎弥太郎の本を読んだときもそうだけど、昔の方が?小さい頃からの教育がしっかりされている感があるのはなぜだろうか。英才教育の家庭は、今も昔も変わっていないのだろうか?

    でも、小さいころの教育ほど重要なことはないのは、アドラーの心理学からも読み取れる。

    「三つ子の魂百まで」というけれど、3歳までに受けた教育や学びはその後もずっと引きずる。それを変えることはできるけど、自然になってしまうからなかなか客観的に捉えられない。

    そんな事を感じながら読むと面白い一冊となった。

  • 禅宗さんの聖典の中では一番好きです。お坊さんしててご飯作るのが好きな人ならほぼ皆さん大事に読んでる本だと思いますねぇ。私も禅宗ではないですが、道場で1年間食堂のチーフをしてたのでその時から折に触れてちょこちょこ読んでました。

    『典座教訓』は食事を作る人の心構えと作法、『赴粥飯法』は食事をいただく人の心構えと作法が書かれています。どちらも食事作り・食をいただくことと仏道修行が一体であることを説いています。
    私はいつもこれを読むと身が引き締まる思いがします。繰り返し巻き返し読んでいきたい本の一つです。

    禅宗の歴史や禅寺の組織のあり方に特に興味がなければ、いきなり三つの心構え(『典座教訓』の終わりの方、喜心・老心・大心)から読み始める方がいいかもしれません。『赴粥飯法』の細かい作法のところなんか、禅寺で修行したことのない人には実感持って読めないと思います。でも、「あ、こうやっていただいているんだぁ」という参考にはなります。

    何と言っても、道元が中国留学中に出会った老典座のエピソードが大好きでねぇ。
    結論としては食事作り係と侮るなかれということを痛感したということなんですが、それを悟らせる老典座の見事な振舞いというか言葉の深さというか、とにかく生き様がカッコいいんですな。

    あと、この言葉も好きですねぇ。

    已に如し他を利し兼た自利を豊かにせば、
    叢席を一興し、高格を一新し、
    肩を斉しくし、頭を競い、踵を継ぎ、蹤を重ぬ。(p.116)

  • 一粒のコメも大事に。

  • 食べるとはどういうことか。
    作るとはどういうことか。
    すべてが修行になる仏道の世界。

    ごはん噛みしめて食べます。

  • from 土喰ふ日々

  • 教科書に載っている以外に知識がないが、鎌倉時代の禅僧の道元の著書『永平清規』のなかの2編をまとめた本。
    典座教訓は仏道修行の場において食事を作る役目の人間のあり方を記したもの。赴粥飯法はその食事をいただく側の作法を記している。
    典座教訓は道元自身の体験も交え、典座という食事の提供役の職務のひとつひとつが修行と密接であると示し、高い精神性を感じさせる。禅の理解だけでなく、現代人の仕事の取り組み方でのヒントももらえるように思う。
    対して赴粥飯法は食事場に入るところから出るところまでの作法を事細かに規定しているが、どうも作法に偏重しすぎている感が否めない。

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著者プロフィール

Eihei Dogen (1200-1253) was the founder of the Soto Zen school in Japan. A prolific writer, his masterwork, the 95-chapter Treasure of the True Dharma Eye (Shobogenzo)—of which Bendowa comprises the opening chapter—is considered one of the seminal works in Buddhist literature and a classic among religious and spiritual writings.

「2022年 『Master Dogen's Zazen Meditation Handbook』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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