モネ:搖れる光 (講談社文庫 ら 3-4 文庫ギャラリー)

制作 : ラミューズ編集部 
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  • Amazon.co.jp ・本 (123ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061859975

感想・レビュー・書評

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  • 光を追い続けた太陽の画家と称される印象派モネ。愛する者の死や晩年に失明の危機と波乱の人生でありながら、ひたすら見るということ、書くというを業としている。生い立ちは貧しく、またアカデミズムに敵対している。少年時代の戯画が絵の天性を表すきっかけとなる。彼の作品の光と色彩はみずみずしく朧げな印象を与えている。

  • 文庫でお手軽なのでちょっと見てみたい人にお薦め。

  • (2007.04.21読了)(1995.06.15購入)
    文庫ギャラリーとなっていますので、文庫版の画集です。
    モネの絵35枚のカラー写真と簡単な解説。略年賦。所蔵する主な美術館。小伝が掲載されています。
    モネゆかりの地の写真もありますので、モネについての大体のことが分かります。
    「モネ」峯村敏明著、新潮美術文庫、と重複する部分は、省略して、いくつか目新しいところを記しておきます。

    ●ルノワールと(32頁)
    1869年の夏、モネとルノワールはセーヌ河畔の行楽地ラ・グルヌイエールに滞在してキャンバスを並べ、構図もテーマも全く相似している作品を仕上げた。
    ●絵が売れた(56頁)
    1876年の第二回印象派展においては、モネが出品した「日本娘」が二千フランで売れている。
    (ゴッホは、生前に売れた作品は一点のみといわれる。印象派は、買ってくれる人がいたんですね。)
    ●モーパッサンによるモネの描写(57頁)
    1880年代、モネはとりつかれたように旅をする。この時期、モネは旅先で文豪モーパッサンと知り合い、親交を結ぶ。
    「(モネが手元においていた)五、六枚にも及ぶキャンバスは、同じ題材を扱い、様々な時間の異なった光の効果を描きとめるものであった。天候が変化するに従って、彼はそれらのキャンバスを順次取り上げ、手を加えていく」
    ●モネの信念(59頁)
    「風景に生命をもたらすのは、絶え間なく変化する光や外気だ」
    ●アリス・オシュデ(62頁)
    実業家のエルネスト・オシュデは、モネの作品の収集家であり、後援者でした。双方の家族は親交を深めていた。ところがオシュデ氏が破産してしまった。
    モネは、オシュデ一家に救いの手を差し伸べた。金銭的援助はできないので、同居することにした。一つ屋根の下でモネ夫婦とその二人の子供、オシュデ夫婦と六人の子供が暮す同居生活が始まった。
    モネの妻のカミーユが病に倒れると、アリス・オシュデが二つの家族の世話をした。
    カミーユが死亡し、オシュデ氏がパリへと出てゆくと、モネとアリスと八人の子供の生活となった。
    アリスの夫がなくなった翌年、1892年にモネとアリスは結婚した。
    ●肉親の死(116頁)
    1911年、アリスが死去。1914年、カミーユの生んだ長男ジャンが死去。
    その後は、ジャンの未亡人であり、アリスの娘でもあったブランシュがモネの世話をする。
    (2007年4月23日・記)
    ☆関連図書(既読)
    「モネ」峯村敏明著、新潮美術文庫、1974.10.25

    (「BOOK」データベースより)amazon
    移ろいゆく光と色彩を執拗に追い続け、「見ること」と「描くこと」を業とした画家、クロード・モネの生涯と代表作。非難と中傷のなかでの印象派の旗揚げ、晩年を襲った失明の危機、そして絶望の淵で描かれた大作『睡蓮』…。「太陽の画家」とたたえられたモネが、キャンバスに描きとめた光と影の軌跡をたどる。

  • モネの作品、生涯を文庫版でコンパクトにわかりやすく編集。
    巻末のモネを観るおもな美術館ガイドが素晴らしい。

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