刻 (講談社文芸文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062900867

作品紹介・あらすじ

若くして亡くなった在日韓国人女性作家。日本で生まれ育ち、韓国人の血にわだかまりつつも日本人化している自分へのいらだちとコンプレックス。母国に留学し直面した、その国の理想と現実への想い。芥川賞作家の女の「生理」の時間の過程を熱く語る長篇と、「私にとっての母国と日本」という1990年にソウルで、元原稿は直接韓国語で書かれた講演を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 多分に私小説。ソウルで語学や踊りを習いながら暮らす日々の閉塞感……というか何とかしたいけど何ともならない気持ちが描かれる。全体に灰色がかったような世界。読んでいても苦しい。
    この灰色がかったもどかしさは「在日」特有のものなのだろうか。母国と慣れ親しんだ暮らしがある国とが違い、さらにどちらの国の人間という意識もいまいちもてず「在日」というところに拠点をおこうとしながらも、その立場の弱さに煩悶するというような。
    李恢成といい、この李良枝といい、少し下って鷺沢萠といい、根底にあるもどかしさは共通しているような気がする。彼・彼女らはなぜこうも煩悶するのだろうかと、その立場にない自分としては思う部分もある。
    現代の在日作家で私が思い浮かぶのは深沢潮かな。『緑と赤』は少しもどかしさを描いている気がするけど、あれは私小説の路線とは違うだろうし、どこか「負(というのは語弊もあるだろうけど)の遺産」的に扱っていた「在日」というものが変わりつつもあるのだろうか。

  • 主人公は書き出しの辺りで、鏡に映った、化粧をし化粧をされる自分を見ている。これは小説を書き、書かれる自分ということだ。主人公は小説の終わりに再び化粧を始めるが、これはまたもやエクリチュールを生産してしまうという意味だろう。
    それから、主人公の鋭い聴覚は時計の針が刻む音に敏感に捉える。歴史と現在にいる自己を一瞬一瞬強烈に意識させられている。日本があり韓国があり、日本で生まれた在日の自分がいま韓国にいるという現実である。また生理痛や汚いもの、気味が悪いものへの嫌悪を通して私たちの身体感覚に訴えかける。不幸なものと呼ばれる対象への屈折した興味も性的なイメージの力を借りて描かれる。これらすべて、主人公が「物」と呼ぶものである。その「物」と相対している自己の中には無数の一人称があり、それらを三人称化して見つめるより高次の私が小説を語っているのだが、その私も時として一人称の呪縛にとらわれてしまい、淀みなくいまを過ごすことはおぼつかない。悪夢としか言いようのない現実と人間と小説の真実に限りなく迫った作品である。

  • 単行本で既読。

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著者プロフィール

李良枝(イ・ヤンジ)1955年3月15日~1992年5月22日
作家。山梨県生まれ。1964年、両親の日本帰化により日本国籍を持つことになる。早稲田大学中退。韓国の琴、カヤグムと出会い魅了され、韓国舞踊も習う。1980年、初訪韓。89年「由ヒ」で第100回芥川賞受賞。作品に『かずきめ』『刻』など。

「2023年 『石の聲 完全版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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