私は昔、本のサークルをやっていた。
夕芽という名前もその時のペンネームから。
当時はまだ家庭にパソコンが普及しておらず、ワープロを持っている人も限られていたので、持っていない人は手書きで原稿を書き、持っている人が清書を引き受ける、というような原始的なことをやっていた。
当然フォントもピッチもバラバラで、編集長は大変だったろうなぁと思う。
私はワープロを持っていた一人であるが、そのワープロのことを思い出すと必ず一緒に思い出すのがこの本である。
『あいびぃ屋敷交差点』 波多野鷹 (集英社文庫)
「その後のあいびぃ~」「最後のあいびぃ~」との三部作。
笑っちゃうぐらい古い本。
これ知ってる人すごいです。
さらに持ってる人もっとすごいです。
昭和の匂いがします。
“雰囲気が”ではなくて、本そのものが…。
イラストが田渕由美子さんというだけでも古さがわかる。
度重なる引っ越しの中をしぶとく生き残り、未だになぜか書棚の一等良席に鎮座するすごいヤツなのだ。
作者の波多野鷹氏は、今は鷹匠などをしておられるようだが(しぶい!)、この当時は現役大学生で、自分より年下なのに小説を書いてるなんてすごいなぁと感動した。
主人公の宮下馨(16歳)は、高校二年生の男子である。
唯一の身内である「じーさん」が死んで天涯孤独になり、でっかい屋敷に一人で住んでいるのだが、同じぐらいの年齢の女の子三人と同居するはめになる。
という少女漫画をそのまま小説にしたような内容である。
この本のタイトルの「交差点」には、実は「クロッシング」と振り仮名がついているのだが、当時、これをワープロでできるのか(できなかった)とか、宮下馨の「馨」ってワープロで出るのか(出る)とか、あと、変換できない漢字がいくつかあったりして、ワープロに不慣れだった私は原稿を書くのに結構苦労した本なのである。
ワープロを買った頃、私はフリーターOL(貧乏)だった。
パナソニックのワープロがなんと17万いくらかした。
よくあるグレーのんじゃなくブラックのかっこいいやつで、会社の昼休みに毎日店に通い続け、15万円入りの封筒を握りしめ、これだけしかないんです!と店員さんに訴え、15万に値切った。
そんなことが通る世の中だったんですね。
バブル経済恐るべし(笑)。
さて宮下馨くんは、家主でありながら女の子三人と犬一匹の世話をする(させられる)ことになるのだが、その主夫っぷりがすばらしい。
彼の家事のいろいろが実に事細かく詳しく描かれていて、料理は和洋中と多岐にわたり、コーヒーや紅茶のおいしい淹れ方からお酒のおつまみまで、料理のレシピ本と言ってもいいほどだ。
そんなふうに家事に追われる馨くんも、最後にはまた一人に戻る。
誰もいなくなったガランとした台所で、“自分だけのために”ゆっくりと丁寧に日本茶をいれるシーンがほろりとくる。
この物語のテーマは「一期一会」なのだ。
古き良き時代の少女の夢と憧れがいっぱい詰まった、楽しくも切ない出会いと別れの物語なのだった。
いとなつかし。